一応、個人事務所というものを持っている。
Largo―ラルゴ、という。
イタリア語で「広い、大きい」という意味。
音楽用語としては、「非常にゆっくりしたテンポで」である。
私は、自分のイメージをゆったり大きい感じにしたいと願っている。
シャープとかとんがっているとかアグレッシブとかでは駄目。
ほんわり、のんびり、豊かな感じ。
これが憧れなんである。
(それで、どんどん太るのかも)
スポーツジムでも、エアロビクスよりはヨガや太極拳、ストレッチ関係が好き。
なるべく「ぼわーっ」と空気感を引き連れて生きていたいのだ。
というのも、本質的に若い頃から欲張りで神経質、動作素早く、一度にいくつもの事を平行してやる、せっかちだから。
融通きかず、変に潔癖。
神経症とか強迫的性格ってやつ。
これがとってもイヤ。
年中忙しくぴりぴりしてる人って、嫌いなんだよね。
それで、心してゆったり息をするように心がけた。
近年やっと、幾分ぼーっとできるようになった気もする。
別の言い方をすれば、年とって常に全力で動くほど体力がなくなった、ということでもあるが...。
大学卒業時に就職を考えたとき、自分はどうしても、会社のような組織の中でしゃきしゃき働けない感じがした。
かなり意識的に芝居をしないと、会社にい続けられないみたいだった。
第一、朝起きられるかどうか、非常に心配だった。
当時はもう、プロとして歌っており、昼夜は自然と逆転していた。
他に、音楽の専門学校の講師の口もあったので、単に易きに着くが如く最初の就職をパス。
以来、ずーーっとフリーランスである。
何事につけ、畏まったことや形式的なことが苦手。
タイムカードとか、出席簿とか、点呼とか、朝の体操とか、訓戒唱和とかは、本当に苦手である。
子どもたちの授業参観に行くだけで、ぐらーっと眠くなって困るくらいだ。
確定申告も、青色申告は無理という気がする。
その点、個人事務所は良い。
何でも自分の思うがまま。
ただし事務所を持つと、雑用はどっさりできる。
主婦でもあるので、まず自宅でひとしきり弁当や朝食の準備、後片づけ、洗濯を済ませ、やっと事務所に向かう。
だいたいママチャリ。
前後のカゴには資料やら、着替えやら食品やらがてんこ盛り。
着いたらそこでまた、掃除。
書類整理にゴミ捨て。
仕事開始は午後だが、その日のヴォイストレーニングや個人レッスンをこなしながら、合間にメールをチェックし、原稿を書き、楽譜を書き、スケジュールを管理し、バンドのメンバーやライブハウスと連絡事項を確認してあちこちに電話をかけ、歌の練習をし、歌詞を覚え、リハーサルをし、たまには飲み会にも出る。
仕事が早く片づく日は、おつかいして家に戻り、娘・息子の話を聞きながら食事の支度やら洗い物やら洗濯たたみなどをし、明日の弁当の算段をする。
こういう「目の回る忙しさ」を続けるコツは、「ゆっくり動く」こと。
ゆっくり動くと、仕事量に比して、それほど疲れないのだ。
そしてほどよい声でゆっくり喋る。
歌うときや指導するとき、原稿を書くときを除いて極力脱力する。
周囲に気を使って喋るとか、間を持たせるために喋るとか、気働きをするとかは一切やめる。
こうすることでかなり体力が維持できるものだ。
だが、このサイクルと環境を確保するまでに10年くらいかかった。
いわゆる試行錯誤の連続。
そしてこのペース維持のために必要不可欠なのが個人事務所である。
事務所は、私の昼寝場所でもあり、着替えをする場所でもある。
自宅は駅からやや遠いので、スッピン、ジャージのままチャリを漕ぎ、駅近くの事務所に着いてから仕事をこなし、身支度をしてライブ他、都内、地方の仕事に出かけるというわけ。
これで相当時間が節約できる。
しかしさらに、もっと合理化できないものかと工夫してしまうのである。
原稿を書く時間がもっと欲しい。
曲を書く時間がたくさん欲しい。
どちらも才能がないので時間がかかる。
その時間を捻出するには、何をどうすればいいのか。
事務所の椅子でうたた寝をしながら、まだ欲を出している。
非常にゆっくりした速度で前進しながら、自転はちょっぱや、という感じかな。
ネーミングLargoと私の内実が一致する日は訪れるのだろうか。
多分...、来ないね。
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