前回ブログを書いた1月末からずっと、喉の調子が最悪だった。
以前、無茶をして失声した経験もあるけれど、その時でも10日間で声は戻り、ライブで歌う間にめきめきと回復した。

今回の不調は咳から始まった。熱も無く、風邪を引いた実感も無いのに咳だけが止まらない。
出会う幾人かの人々が同様の状態にあったので、今年の風邪は咳なのかと思ったりした。
次第に声が出難くなり、レコーディングを控えていた2月始め、親しい耳鼻咽喉科の先生に診て頂いた。声帯の左半分が真っ赤に充血していた。色々な処方をして頂き、薬を飲み、吸入をし、何とか声は出続けた。それでも、レコーディングの出来について、とても不安が残った。
やがて、咳は止まり、しかし痰の絡み方が半端なく、ライブの度に、5割しか声が出ていない、今日は7割だ、と落胆した。

けれど意外な事に、聴いて下さった方たちは、それほど酷く感じないと仰る。
私の体感では、ほんとに酷い声のはず。

レコーディング後に、ラフミックスを聴きながら、ギタリストの加藤さんとメールのやりとり。全然納得いかないと嘆く私に、加藤さんは、「声が出ないことで君の弱さが出ていて、それも良いと思うよ」と。
あっ、と思った。

偶然なのか、3月はブッキングに手こずってライブお休みになっていた。
声は出ない、レッスンもなかなかうまくできない。
他にも、仕事がらみで様々な考え事の多い日々。
日は疾風のように過ぎ去った。

4月は打って変わってライブが続く。
私にしては、珍しいペースで週に2回ずつ。
久しぶりに会うメンバーとの楽しい演奏。
日によって声は、出たり出なかったりだったけれど、そのどれもがかけがえ無く、一度きりの体験だった。
常日頃、声ばかりに頼る歌い方を好きでは無いと思っていた。
声が完璧に出ないことこそ個性の源だとも思っていた。
理想の歌唱を追い求めて、しかし足りない部分を補う表現力。
それを目指していたはずだった。
けれど、どこかで、ボイストレーナーであることに、責任を感じすぎていた。
トレーナーなのだから、声は出て当然だ、とばかりに。

ピアニストは、行く先々でコンディションにばらつきのあるピアノを弾きこなさなくてはならない。
それは大変なことだろう。
ボーカリストは、日々の体調により、鳴らない声で何とかしなくてはならない日がある。
鳴らなくても、出なくても、その中で何とかする。
その中で、発見したり、感じ取ったりすることもある。

楽器のプレイヤーが、技術を追い求める時、それを何に使うかを見失うことがある。
いわゆる、テクニックに走って、内容に乏しい、とか。
テクニックはあるが、心に響かない、とか。
疑問の余地無く、音楽をやるからには、技術は磨くべきだ。
それは、今心に湧き起こったことを、そのまま表現するために使いたいから。
コンディションが悪いときでも、心に湧き起こることは変わらない。
それを逃さず、大切に、表現に昇華するはたらきが、技術の手前に存在する。
このはたらきを、技術と呼ぶのには抵抗がある。
これは技術では無く、芸術かも知れない。

演奏する人の中に湧き起こるものを、きっとオーディエンスは見守っている。
私の中に湧き起こるもの。
輝きや、惛さや、嘆きや、喜びを、見守ってくれてる。
声は、完璧でなくても、私という存在が想いに溢れていれば、何とかなっていくのかも知れない。

音楽は、技術が無くては出来ないけれど、それよりまず、心が動かないともっと出来ない。
去年10周年を迎えた私の会社、ラルゴ音楽企画。
当初は、小さい雑居ビルのロフトで、ひとりでライター仕事をしていました。
そのうち、歌を習いたいという方が現れ、友人から借りたYAMAHAのCP(八神純子さんが使っていたあれです)を置いてレッスンを始めました。
そこに、田無で一緒に音楽の会社を興しませんか、という申し出が有り、現在のスタジオトライブが完成。物件探し、防音工事の立ち会いから、会社のシステム作り、ホームページの制作、ロゴや会社案内の発注などこなしつつ、レッスンし、ライター仕事を続け、歌って来ました。
3年目には会社を2つに分社、スタジオの維持管理は別会社のサウンドブライトに移り、私はスタジオを利用しながら、ジャズレーベルを運営し、原稿を書き、レッスンをし、自分のライブも続けつつ...。
そして10年です。

創業当初はまだ家に居た私の子供たちも全員独立、2人の娘たちは結婚もし、ふと気づくと我が家は広々としています。
会社に出ていると、食事が不規則になりがちで、つい空腹に耐えかねて不本意な間食をしてしまったり、体調が悪くなってしまったり。
家に居れば、手をかけた食事がゆっくりできるし、仕事の合間に家事をすることも可能。時間が節約になれば、もっと自分の練習や曲作りができ、ライブをしたり、聴きにも出かけられますがな、と思いついた。

もともと、家族が多いために家にスペースが無く、仕方なく外で仕事をしていたのだから、家族が減った今は、自宅に戻るのも良いかな。
まだ考え中ではあるけれど、事務仕事だけ家に移す気持ちが大きくなっている。

レッスンは、やはりスタジオで、良いピアノでやりたい。
良い音の伴奏で歌うと、歌が良くなるはずだと信じている。
良い音を聴くこと、良いライブを聴くこと。
それが音楽の質向上、演奏の上達には欠かせない。

春に向けて、まず所持品のスリム化。
家の動線整理。
働きながら毎日ヘルシーで美味しい食事を摂る。
ちょっとワクワクしています。

2017年は、何が?!

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申し遅れましたが、

明けましておめでとうございます。

何をしていたんだ、私。

新年は、娘が送ってくれた牛肉1kgを、家族4人で完食する!?、から始まりました。
すき焼きでしたが、私の作った割り下が美味しすぎた。

そしてリハーサル、レッスン、パーティ仕事などをこなしつつ、2月10日発売の、『残照』多田誠司・スガダイローDUO ライブレコーディング@新宿PIT INNの、フライヤーやらを制作及びインフォを発送したりの日々。

ライブは、初めての組み合わせで素晴らしい出会い。感動の瞬間が幾度もありました。
このように、ライブで「よしよし」となると、ミュージシャンたちと文句無しに仲良くなる。

続くカラテチョップスの新年会でも、とある発想の出現が有り、その成り行きがまだ続いている。
「えっ!!」という、互いの在り方の発見は、まるでテニスの試合のようだった。

テニスの試合は、相性の良い同士だと、これ以上無いという美技の応酬になる。
これが、スタイルが違いすぎるなど、相性の悪い対戦だと、どことなく盛り上がらず、美技も出てこない。勝敗より、試合内容が充実するか否かは、大いに、互いの相性に依拠する。

相手を含んで成り立つもの、試合ばかりで無く、音楽のアンサンブルや対談、ダンスなんかも、互いの良き部分を引き出すためには、丁々発止が望める似た部分と、刺激としての異なる部分の割合、構成要素なんかが大切になる。

音楽のアンサンブルでは、互いにこれを鋭く嗅ぎ取っている。
なぜか、アンサンブルがうまくいく同士は、人間関係的にもうまくいく。
相性というものは、しかし分析したりはできず、ただ感じでOKか否かを判定するものだ。

不思議なんだが、いつも一緒に居る人では無い人の方に相性の良い人が多かったりもする。
そういう出会いが、年が始まって以来いろいろあり、今年は何か新鮮な成果が形成されそうな予感がしている。
私の人見知りをどどーーっと打ち破って突進してくる方々が現れ、私もそれに乗っかるというか...。

こんな感じは生まれてから2回目だ。
最初は小樽潮陵高校に入ったとき。
田舎の中学校には居ない、もの凄く面白い人種が大量に居て、めくるめく感動に浸ったものである。

ことしもめくるめくのか?
めくるめきすぎかも?

話題って...?

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体質的にお酒が飲めないので、「酒場での付き合い」ということをしない。
呑む友人に誘われて酒場に行くこともあるが、酔っ払った人々が大声で喋り倒す横で、素面の私は暇なままボーッとしているだけになる。
呑まない友人たちとは、ただ話すためにつるむという機会が極端に少ない。
毎日のようにライブをしている場合は、行く先々で人に会い、話すだろうが、私はそんなにライブもしないので、たいてい独りでボーッとしている。
やることはたくさんあり、レッスンやら楽譜書き、曲覚え、練習などしていれば、日々は過ぎゆく。本も読むし、テレビも観るし、絵も描き、曲も書く。
忙しいようだがそれでも、呑みたい人々が酒場で過ごすだろう時間帯は、家でボーッとできるのだ。

話は変わるが、このところ、何となく虚しい。
大地震の前に、泣くほど虚しい、不安な気持ちになった経験があるので、もしかして地震来るのかなぁ、と少し心配だ。
地震の予感では無いとしたら、この虚しさは一体何なのだろう。

私にはいつも、存在していてすいません、という気持ちがある。
自分のために、どなたかが不自由されたり、押しのけられてはいけない、という気持ちがある。
私が日頃している活動の様相から推し量って、相当にオレサマな押しの強い人だろう、と思われる節もあるのだが、じつは人前に出ないで済むなら出たくない引っ込み思案だ。
こういう性格だと、人を遮って話すパッションも無い。
酒場では、道端の雑草である。
そういう人が人前で歌うというのは、いかがなものか?

昨日、友人が出演する芝居を鑑賞し、その舞台の後、今回の演目についてあからさまな話をした。こちらは、感じたことを小出しにし、なるべく良い点を上げようとするのだったが、友人の女優は、その舞台に関する自分の体験をあけすけに晒してくれて、そのお陰で私の感想は、なるほどと自分の腑に落ちたのだ。
話題とは、そういうものでありたい。
ギターの加藤崇之さんは、とても忙しくライブをし、絵を描いて、おまけにブログまで書いているのにも拘わらず、ときどき、私の歌やライブの内容について、丁寧なメールを書いてくれる。
その内容は、きつい部分もあるし、励まされる部分もあるし、納得できるまでたくさんのエネルギーが必要だったりもするが、それを契機として、はっきりと気持ちが変わる時がある。
話題とは、そうありたいものだ。

いつもどこかでうっすらと考えてはいるが、普段の会話にはあまり上らない、という種類の事柄がある。
そういう事柄を、互いに話しながら意識に上らせ、口に出し、再認識して行く。
自分の中に渦巻いていたものが、ある程度整理され、共感もされ、取り敢えずは片付く。
話題とは、大いに、そういうものでありたい。




世代のこと

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若い人について、時々SNSに書かれているのを目にする。
礼儀の事やら、感受性のことなど。
大方は不満だったり、憤りだったり。
時には、若い人同士で固まっていないで、もっと先輩に学ぶべきだ、とか。
行動が理解不能だとか。

たいてい、私には、それほど気にならないことばかり。
自分に子供がいると、彼らがどれほど私の時代と異なった人生を過ごしているか良く分かるから。
物心ついたときからパソコンが有り、携帯電話があり、それらを使いこなすのに不自由しない。
親の世代から、嗜好のエキスのような影響を受けもするので、選択眼は鋭く、自分の立ち位置にも敏感だ。
だから、子供たちのそれぞれが、際立って異なる個性を見せても、なるほどと頷くしか無いと思えるし、そう不自然には感じない。
育つ中での情報の質と量の違い。
情報に対する感受性の違い。

たとえば、団塊の世代の方々には、異様なほどにアメリカに対する近親憎悪が感じられるが、私の世代ではあっけらかんとした憧れに変わり、子供たちの世代に至ってはあまり興味の無い存在となっている。しばらくの間、絶対的に素晴らしかったアメリカ文化は、今に至るとOne Of Themでしかなくなっている。先行する世代の人々は、これに代表される世界観の変化に気がつかないように見える。
人にとって、自分と同じ世界の見え方、というのがまず基本に有り、しかし、他者は全て、それとは異なる世界を見ているはずだ、という意識。

心理学を学んだ中で、もっとも自分に有効に働いたのはこの感覚かも知れない。
人の話を聞く、ということの難しさ。
話を聞きながらつい自分の体験に引き寄せ、バイアスをかけて解釈してしまうどうしようもなさ。
それをいちいち確認する注意深さ。
こちらの言い分は、ほとんどの場合理解されないだろうという諦観。
しかし諦めてはいけないだろうという希望。
話の聴き方の徹底的な訓練から、話をすることに対する心の下地ができあがった。
人は、ひとりずつ異なっている。

世代が変われば正義も変わる。
努力の質も量も、見返りすら、一様では無い。
そのことをいつも自分に言い聞かせて、若い人たちと接すると、どこかほのぼのとした共感が湧いてくる。若い人たちは、私たちの役に立つ為にいるのでは無く、彼ら自身の充実のためにいる。
それは私たちが過ごしてきたこれまでのいのちと同様で、どこまで行っても全ての世代は対称に存在するのだ。

世代は次々と生まれてくる。
私には来年孫ができる。
その成長を見ながら、また新しく時代や世代のことを感じるのだろうな。
どんなことが見えるのかな。
参院選があって、私のSNS周辺ではみんな怒っている。
投票率の低さと、選挙結果について驚き呆れているのだ。
投票に行かない人に対して怒り、そして、与党に投票してしまう大勢の人々に対して呆れている。
なぜかいつも、私のSNS周辺は同じ様相なのだ。
ということは、私と似た人々としか普段にはつながっていないということになる。

SNSは、人付き合いを広げたかに見えるけれど、じつは逆で、同類ばかりの集まりにしている。
だからつい油断して、この世の中は自分と同じ意見の人が大勢を占めると勘違いしてしまう。

現実には、この世の中は、私とは異質な大多数と、私と似たごく少数の人々とで成り立っていると考えなくてはならない。

ジャズを演奏するお店には、ごく少数の人々しか来ない。
それらジャズ好きの皆さんは、こんな素晴らしい音楽を聴かないで、くだらないポップスやフォーク聴いている人々は一体、何が楽しいんだろうか?などと考えてしまう。
ジャズが好きになると、確かに、他の音楽は一気に退屈なものになってしまう。
それは事実だ。
けれどそのために、私は、音楽の好みで超マイノリティーとなっている。

読書、という趣味に於いても、私が読んでいる本を読む人は少ないみたいだ。ベーシストの井上陽介さんはアメリカの小説家がお好きみたいなので、その話を投げたら、もの凄く驚いて喜んでいた。そんな話しをてくれる人にはほとんど会ったことがない、と仰っていた。

昔から、私の気に入った雑誌はすぐに廃刊になり、気に入った香水も化粧品も販売打ち切りになるのだった。私は、みんなが好きなものを嫌いなわけではなく、人気の出る要素については理解できているつもりだ。しかし、気に入って入れ込むとか、打ち込むとかいう対象は、どうやら全般的な割合からして、とても希少なものばかりみたいなのだ。

それでいて、珍しいものに打ち込んでいる方たちの同好会のようなものは敬遠してしまう。マニア間の競争には、どこか鬼気迫るものがあるので、足を踏み入れたくない。

同様に、同じお店に集う常連さんにもなり得ない。馴れ合えないし、いつも同じ人といるのが嫌いだ。

その割りに、食べ物や、着る物はいつも同じようなものばかりだ。珍しいものなど買ってみてもしばらく眺めて、やがて捨てることになる。着る物を選ぶのも面倒で、毎日、同じ服を着ていていいのであれば、そうしたくらいだ。

さて、その上で政治である。
私のようなタイプの人間は、マジョリティが世の中を悪くしていると考えている。
愚かで、流されやすい、正しい状況判断ができていない、と考えている。
しかし、世の中の生産性を支えているのは、間違いなくマジョリティな彼らの方である。
だから彼らの側からすれば、世の中を悪くしているのは、大して高い生産性もないくせに、どことなく偉そうに、上から目線でものをいう私たちの方、なのではないだろうか。
マニアックな音楽を聴いたり、本を読んだりして色々ものを知った気になっている私たちのような趣味人は、大概の場合、ただ座っているだけなのに訳知り顔で批判などする。

ものを知っていて、何がいいのか悪いのか分かったとしても、それはそれ。
世の中の要素としては無いも同然だ。
それを、説得して回るとか、周囲にも語るとか、組織するとかしない限り、いないも同然なのだ。
しかし何故なのか、良く理解できていながら、私たちは集団が嫌いで、人とつながるのに消極的で、大きい声も出したくない。
つまり内向的な人々の方が、事の善し悪しを良く理解できてしまう傾向があるにも拘わらず、彼らは政治の役には立たないのかもしれない。

ひとつの解決策として、そのようにタイプの異なる人々が、互いを利用し合って、善き方向に動くのが理想だけれど、それがなかなかそうも行かず、つい好き嫌いだけで動いてしまうし、生きてしまう。

世の中を悪くしているのは、誰、ということではなく、じつは「みんな好き嫌いでやっていて良いよ」という、非常に民主的な思想のせいなのでは無いかな、とふと考えたりした。
ひとりずつの個人を尊重するという前提がある限り、世の中はいつまでもこのようなままであるに違いない。
この間、いつも出演させて頂いているお店のマスターが、わたしのことを「敏腕プロデューサー」とかブログに書いていて、「へー、そう思われていたのか?」と、ずいぶん驚いた。

そういえば、知らぬ間に、うちのレーベルから出たCDが20数枚に達している。
私がしていることは、「こんなアルバムが出したい」と力説するミュージシャンと、さらに相談して実現することだ。
時には、そのアイディアに私の妄想を上乗せして頂くこともある。
だって、色々思いついちゃうんだもの。

今回、初めて私の歌の弟子がアルバムを作った。
選曲からアレンジまで口を出し、バックを勤めるミュージシャンも身内で固めた。
彼女の歌は、この数年続けてきたワークショップ参加とライブ観戦でずいぶん変わり、何より、大変な工夫と努力、ぶつかり稽古的なライブ活動で飛躍的に進化している。
レコーディング中は、そんなあれこれの相乗効果で、参加メンバー一同大変盛り上がった。

マスターのブログによる「敏腕プロデューサー」は、実際のところ「細腕プロデューサー」で(私の腕は太いが)、毎月を越すのに色々苦労してはいる。つまり経営的には素人なのだが、レコーディングやミックスの現場では、なかなか悪くない存在だと感じられてきた。
それは、スタジオを作って以来、この数年間の蓄積と、それ以前から数十年にわたる音楽生活とが上手く噛み合ったところで醸し出される「趣味趣向」だったり「経験値」だったりするわけだ。偶然や成り行きが先行した感はある。それでも、一作ごとにやりたいことも、作り込みたいことも明確になっている。

CDはどこまで行ってもミュージシャンのものだと思っている。日々、「これでもかっ!!」というくらいに全力でライブをこなし、その都度、舞い上がったり落ち込んだり、考えたり、喜んだり、時には怒ったりの過程から形作られる音楽の創造物。
ただ、消えていくばかりのライブ活動を、ある時点で余すところなく、できればライブの内容を上回って残していけたら、これほどやりがいのある仕事はまたとない。

今、レギュラーとして関わって下さっているミュージシャンは、いずれも努力家で、粘り強く、しかも才能に溢れている。だから、真剣な録音現場に立ち会うことで、歌手としての私の滋養になる要素は限りなく多い。
加えて、大好きなアートディレクションにも関わるので、その楽しさは実に他では得がたいものだ。

プロデューサーという肩書きに、少し気後れしていた時期もあったけれど、最近はこれらの仕事がとても好きになり、それほど悪くない人材なのかも、と思える瞬間も現れてきた。
外ならぬマスターに言って頂いて、それが自分を見直すきっかけになったのかも知れない。
頂ける機会は心から大切に。
がんばろ...。
子育てについて、成功だ、とか失敗だ、とかいう話題を聞くことがある。
中でも多いのが、
「親が甘やかしたから、失敗した」
「親が厳しすぎたから、失敗した」
という話題。
子どもの有り様は、親のせいかもしれない。
けれど、それだけだろうか。

我が家は、周囲から上手くいった典型のように誉められることがある。
たしかに、子供たちは碌でもない私たち親のことを責めることもなく、貧しい家庭を恨むこともなく、素直に成長して自立し、正社員として立派な会社で働いている。

逆に、私は、豊かな家庭に育って、物質的には恵まれていたけれど、心はいつも辛い日々を送った。
私にとっては心がしんどいことは何より嫌なことで、できれば楽しく、感動して日々を過ごしたいと願った。逃避かも知れなかったが、本を山ほど読んで駄文を書き連ね、音楽をたくさん聴いて演奏したり歌ったりした。その繋がりでできた友達は皆、家庭にいるときとは全く異なった楽しさを私にもたらしてくれた。絵描きや音楽家たちは、私の人生でたったひとつの依り代だった。

家庭では、私のような生き方は大変に間違っていることだったので、ひどく迫害された。兄弟は医者になり、いつも私を責めた。
「好き勝手していると、そのうち必ず痛い目に遭うぞ」
そんな言葉で脅されもした。

それでも私は、自分に相応の生き方をすることがベストだと、本能的に感じていた。
時が経ち、兄弟は自ら命を絶ったり、経済的に破綻してしまった。
暗い顔、辛そうな言葉...。輝かしいと予測された未来などどこにもない。
かつて、有名なホテルに地元の名士など何百人もの人を集めた結婚式を挙げ、オーダーのドレスや振り袖で華やかに挨拶していたはずなのに。
私の親は、跡取りたちには湯水のように財を注ぎ込み、ついに何もかも無くした。
持っていて与えないのは単なる意地悪なのだから、それで良かったのだろう。

勘当同然に暮らした私の方では、子どもたちは、高校生の頃からずっとアルバイトに励み、奨学金で学校を卒業し、堅実に結婚した。
だから、私の子育ての仕方は成功なのだ、と言われることがある。
母親がしっかりしているから、その背中を見て育ったとも言われる。
私は全く「しっかり」などしていない。
人が良くて、働いても働いても貧乏だ。
夫にも強いことなど言えないし、誰かを叱ったりすらできない。

幸運だったのは、貧乏だったけれど希望を抱き続けていられたこと。
少しずつでも文章を書くのが上手くなりたいとか、素晴らしい友達と共に演奏していたいとか、いつも希望を抱いていた。
子供たちにこぼしたり、追い詰める言葉を投げかけるのだけはしたくなかった。それは私が子ども時代に辟易したことだったから。そんなことするよりは、いつも楽しいことを探そうとしていた。
誕生日やクリスマスにはプレゼントを工面したし、必ずご馳走を食べた。お金がないときはカードローンで借りてでも楽しんだ。
そうしているうちに、今日まで来た。
子どもの成功など、少しも意図しなかった。
こうすればこう育つなど、意図してする余裕など全くなかった。
ただ毎日、食べて着て生きること。
今月を無事にやり過ごすこと。
日々、倒れず仕事を続けること。
それだけを目指して、計らう余裕もなく、ただ生きてきた。

だから、傍から見た結果で、誰かの子育てや事業を成功だ、失敗だと評価する気持ちはみじんも持てない。どの人も懸命に、日々、持てる力を振り絞って生きていると思う。ただ、それらが、たまたま環境の中でマイナスに働くこともあるのだ。
あらかじめ与えられるのは、扱いようによってはマイナス要因ばかりだ。
恵まれて見える人ですら、マイナス要因を数え上げられる。
だから、それを当然と受け止めて、微かでも光の方に顔を向ければ、必ず楽しみや喜びを探すことはできる。嫌なことを口にするよりは、元気そうにしていたいではないか。
愚痴を言う前に、素敵な人に見えるようにしたいと、次第にそちらに気持ちを向け始めた。
それが多分、私のプライドの性質だ。
そして、ひょっとすると、その一事だけが、私と私の子供たちを救ったかも知れない。

人生を操ることはできない。
ただ、今ここにある課題に対して、前向きに、誠心誠意取り組むだけ。
そうしていればきっと、それを分かち合おうとする人たちに恵まれるのだから。
はてな???の連続であった。
何故この人が人気?
だって、大統領選だよ。

ハワイに行くと、ワイキキの一等地にTRAMPと大書されたホテルがある。
ただし、オーナーでは無くて、名前だけ貸しているそうだ。

彼の名前を知ったのは、たしか雑誌「Play Boy」だったか「Pent House」を出版する会社のオーナーとしてだったと思う。事業家で過激な人だという論評だった。
記憶では、民主党を支持していた時期があった気がする。

アメリカの人々は、意外と世間知らず、世界知らずだ。
州ごとに様々な考え方の人々がいて、人種の系統も様々。
自国を世界最高、最強の国だと信じているから、他国に倣おうとか、学ぼうとか言う気は皆無。
身近の人々同士は良く話をするので、同類項の共感で価値判断もする。

私たちが知っている世界史などはあまり知らない人も多い。
ただし、仕事や研究の超エリートは、やはり世界で類を見ない天才揃い。
そういった人々と、一般の人々とはまるで違う人種のように交流がない。

そこで、トランプの人気。
これはひとえに、「見たことの無い展開を見たい」という、映画やゲームのストーリーを追う気分と同じなのではないか。
実際私自身も、トランプが大統領になったらどんなことをするのか、見てみたいという無責任な興味もある。
かの国には、国全体、あるいは世界を牛耳るエスタブリッシュメントにとって都合の悪い大統領や、政治家、芸術家は知らないうちに死んでしまったりする恐ろしさもあるので、ヒトラーのようにはなりようもない、とは思う。
何より、ポピュリズムとか、反知性主義とか、衆愚政治的な方針をとってきたアメリカも、ここに来て予想を遙かに超えた世界情勢のカオスに対して、ついにそうもしていられない時が来ている。
それなのにトランプ。
飴を与えて甘やかし続けた息子が、いざお家の危機が来ても気づかず、適当な対処もできず、結局傍に大迷惑を掛けながら没落して行くの図...にならないと良いけど。

心配だなぁ。

トランプ大統領になったら、ハワイに遊びに行くのもためらうなぁ。

満タン状態

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何も書きたいことがない...のは何故なんだろうか。
と数日考えていた。

理由は分からないが、満タンだから、ではないか、と思いついた。

なにか書くという行為には目的がなくてはならない。
私のブログの始まりは、ライター仕事がつねに課題やテーマを頂いての「仕事」だったからに外ならない。
自分のことも書きたいよね、という、謂わば発散のための場所だった。

当時は、家庭も仕事もマイペースではできず、そのフラストレーションもあったと思う。
何か自分らしいことがやりたい、と切実に感じていたかも...。

その後も、周囲はドタバタ続きで、時には大事件も散発したが、今はそこそこに落ち着いている。

毎日、自分の隠れ家のような仕事場に行き、好きなことばっかりしている。
CD制作は、自分のレーベル以外のものも頼まれて、コピーを書き、デザインに口出し、JASRACさまから楽曲使用の許諾を頂く手続きをし、入稿し、マスターをプレスに回し...。

いちばん楽しいのは、生徒を集めての歌のレッスンと自分の歌の練習で、これにはスタジオのスタインウエイのピアノを使う。美しい音に包まれて最高に幸せになる。
絵を描く時間も確保しないとならないが、最近ちょっと行き詰まり。邪念が湧いたせいだ。もっと良いのを描かないと、と思っている。初心に還って無邪気にならないと。
曲作りも、いくらか凝ったものになりつつあって時間がかかる。これも、もっとすっきりやりたい。

楽譜作りというものもある。
自分や生徒さんのキーに合わせて、しかもコードを吟味しつつ、パソコンで楽譜を作る。歌詞も入れるので割と大変。

休みの日は、できるだけ家事をしようとして、風呂を磨いたり、ガスレンジを擦ったりする。
今日のように気持ちの良い風が吹く日は洗濯日和だから、大きいシーツや毛布なんかまで洗うし。
料理は言わずもがなで、午前中はそういうことに宛てている。
そうしてるいと、言いたいこと、書きたいことなど何もないことに気づく。

昨日は、マスタリング前のミックスの音を確かめに、ライブが休みというジャズ喫茶に行き、良いスピーカーで聴かせてもらった。そしてその結果をエンジニアさんとバンマスに伝えた。

このアルバムの発売日程と、その前にあるライブとの日程を睨んで制作スケジュールを立てなくてはならない。
そのためにジャケットのデザイナーさんと今週末、打ち合わせする。その時に渡す資料を整理。
音源、写真、デザイン素材、そしてタイトル、コピー、曲順、作詞作曲者名、ユニット名や各メンバー名の表記確認、プロフィール、モニターの有無、モニターしている楽器のロゴ集め、バンマスからのライナーノーツとその進行。

夜には私のレーベルのアーティストを聴きにライブハウスに出かけ、ついでにその店で自分のライブのブッキングをする。

日々、訪れてくれる生徒さんは30名を超える。
CD制作は、いつも複数を平行している。
そして歌うためのユニットもいくつか存在している。
さる有名な作詞家さんと月一回はカラオケしてご飯を食べる。
また、最近は若いボーカリストさんたちとの女子会もある。

ほんとに満タンである。

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