初めに好きになった音楽は、すでに激しいものだった。
小学生までは、時代も時代、おまけに田舎ゆえ、ほとんど情報が無かったので、いきおい、テレビの歌謡曲や映画音楽くらいしか知らなかった。
けれど、自分でトランジスタ・ラジオを聞き始め、洋楽も聴くことができるようになると、ローリング・ストーンズやら、グランドファンク・レイルロードやら、バニラファッジ、サム・アンド・デイブなんかがお気に入りになった。
当時大ヒットしていた、サイモンとガーファンクルや、メリー・ホプキンなどが流れると、つまんなく感じて「早く終われ」と思った。
従って、自分が歌うときも激しく歌いたかったようだ。若者にありがちな、ただ闇雲にがなっているという、どうしようも無い歌い手であったけれど、それでも歌の仕事に就くことができた。

いまだに始終反省はする。
がなってはいけないでしょ。いい加減大人にならないとさ。
歳を取ればあれこれの怒りも収まり、人生に気も済んで、枯れた良い味の人になるのかと思っていた。落ち着いた、説得力のある、頼りがいのある大人。
ところが全く予想外れ。
還暦を過ぎても、嫌いな言葉は「小粋なジャズ」であったりはする。
小粋にスゥイングなんて、できませんとも。
ぐいぐいスゥイングならしたいけどね。

この欲はどこから湧いてくるのだろうか。
若い才能あるミュージシャンたちを見て、もう自分なんかが頑張らなくても、ジャズ界は安泰だろうと思いもする。多くの若者がジャズ界に参入してくれて安心もするのだが、それと自分の欲はまた別物のようで、いつまでも若い才能と張り合って、無駄な努力でもいいから続けていたいと思うのだ。
そうすることが楽しいのだろうね。
ああ、頑張りたい。昨日より少しでも良い演奏がしたい。そして、良いミュージシャンと出会いたい。
そういうことが、楽しすぎるのだと思う。
歳を取っても枯れないのだなぁ。
定年もないし。
このまま、倒れるまで頑張るんだろうなぁ。


日々、素晴らしいミュージシャンのCD制作に精を出している。
そういう私も、じつはシンガーで、録音し、ミックスした音源が2タイトル分ばかり眠っている。
形にしなくては、と思いながら、ライブもそんなにやらない、ツアーなんてもってのほかという私がCD出してどうすんの?? とも思う。

私は歌う他に、文章を書いたり、絵を描いたりもする。
それをトータルに作品にできないだろうか。
CDと呼ばれる製品パッケージにこだわらず、私の詩や散文や、絵などを組み合わせたお楽しみ的な何かに、さり気なく音源もついているというような、CDではない何かを作ってみたいと思う。

その上、数10枚ずつ制作し、それに少しずつを改良加えながら、何度も作っていく、成長させていく。
そういうのどうなんだろう?

人生の色合い

user-pic
0
明日は私の誕生日で、めでたく62歳になる。
還暦を過ぎると、人はやたらと年齢のことを気にし出すようだ。
それは、身体の不調が増えることで、いやでも寿命の事に思いが至るからだろう。
何度か、絶不調を経験すると、翌朝はもう目が覚めないかも知れないな、と寝る前に思ったりする。
こうなると、残りの人生をどう過ごすかについても、思わず知らず、考えてしまうことになる。

体調の悪い日には、もう人生に疲れたから、なるべく人と会わず、静かな場所でゆっくりしていたいと思う。
それが、幾分元気が出ると、死ぬまでめちゃくちゃやってやるぞ、と過激なことを思ったりもする。
私の場合、常日頃がめちゃくちゃなので、これ以上どうすることも出来ないかも知れないが、それでもまだ工夫、改善の余地は無いかと、欲張りな思考回路になる。

私は今から、どのように生きるのが良いのだろうか。
孤独が嫌いではないから、ひっそりと本を読んだり、映画を見たり、絵を描いたり、独りで完結することだけをしながら、時間をかけて食事を作り、家を整理する日々、という在り方にも憧れがある。
ただし、これは誰かに生活の面倒を見て貰える場合に限り、私の場合は、自力で稼がなくてはならないので、いくら望んでもこうはなり様がない。

何しろ、仕事はしなくてはならない。
仕事をし続ける上で大切なのは、他人と過不足なく付き合っていくことだ。
互いの都合や能力をうまく使い合って、つかず離れず、もたれ合わず、無視もせず、普通に過ごしながら何かができあがっていくのが理想だ。
どんなことにせよ、疲れるのは身体に悪いので、事件事故は起こさないに限る。

若い頃は、ぶつかり合うのも経験のうちで結構なことなのだが、還暦過ぎには適応できない。
無闇にはしゃがない、興奮しない、そして憎まない、怒らない。
要はクールに平常心で。
この要領を用いれば、あと数年はいい仕事がやれそうにも思う。

いい仕事をしたいという欲はある。
だが問題は、そのいい仕事という定義が、時代と共に変わっているらしいことだ。
今現在というものは、私にとって、とても分かり難い。
つい数年前までは、時代を語る本を読んだり、テレビを見たりしていて、その時々の潮流みたいなものが感じ取れた。

それが、このところ、からきし分からない。
まずもって、人間が分からない。
私と同じ人間が生きているのかどうか分からないほど。
だから、何をすれば的外れでないのかも、良く分からない。
人と人が、共感している様を見ても、本当にそれで良いのか、嘘か勘違いなのではなかろうか、と勘ぐってしまう。
多分、こう感じているのは、私独りではないはずだ。
同様のことを感じている人は、他にももっとたくさんいて、その不安とか淋しさの風が辺りに吹いているような気がする。

今までと同じように努力することが、とても滑稽で、無駄なことかも知れないと、心の底の方で感じる。
それは、私が年を取ったからなのだろうか。
それとも、その風は、あまりに時代が速歩で進むために、必然的に巻き起こっているものなのだろうか。
誠実に頑張ってきた人たちの首筋を、冷たい手でひらりと撫でていく、時代はそんな風に残酷に変身するものなのかも知れない。

前回ブログを書いた1月末からずっと、喉の調子が最悪だった。
以前、無茶をして失声した経験もあるけれど、その時でも10日間で声は戻り、ライブで歌う間にめきめきと回復した。

今回の不調は咳から始まった。熱も無く、風邪を引いた実感も無いのに咳だけが止まらない。
出会う幾人かの人々が同様の状態にあったので、今年の風邪は咳なのかと思ったりした。
次第に声が出難くなり、レコーディングを控えていた2月始め、親しい耳鼻咽喉科の先生に診て頂いた。声帯の左半分が真っ赤に充血していた。色々な処方をして頂き、薬を飲み、吸入をし、何とか声は出続けた。それでも、レコーディングの出来について、とても不安が残った。
やがて、咳は止まり、しかし痰の絡み方が半端なく、ライブの度に、5割しか声が出ていない、今日は7割だ、と落胆した。

けれど意外な事に、聴いて下さった方たちは、それほど酷く感じないと仰る。
私の体感では、ほんとに酷い声のはず。

レコーディング後に、ラフミックスを聴きながら、ギタリストの加藤さんとメールのやりとり。全然納得いかないと嘆く私に、加藤さんは、「声が出ないことで君の弱さが出ていて、それも良いと思うよ」と。
あっ、と思った。

偶然なのか、3月はブッキングに手こずってライブお休みになっていた。
声は出ない、レッスンもなかなかうまくできない。
他にも、仕事がらみで様々な考え事の多い日々。
日は疾風のように過ぎ去った。

4月は打って変わってライブが続く。
私にしては、珍しいペースで週に2回ずつ。
久しぶりに会うメンバーとの楽しい演奏。
日によって声は、出たり出なかったりだったけれど、そのどれもがかけがえ無く、一度きりの体験だった。
常日頃、声ばかりに頼る歌い方を好きでは無いと思っていた。
声が完璧に出ないことこそ個性の源だとも思っていた。
理想の歌唱を追い求めて、しかし足りない部分を補う表現力。
それを目指していたはずだった。
けれど、どこかで、ボイストレーナーであることに、責任を感じすぎていた。
トレーナーなのだから、声は出て当然だ、とばかりに。

ピアニストは、行く先々でコンディションにばらつきのあるピアノを弾きこなさなくてはならない。
それは大変なことだろう。
ボーカリストは、日々の体調により、鳴らない声で何とかしなくてはならない日がある。
鳴らなくても、出なくても、その中で何とかする。
その中で、発見したり、感じ取ったりすることもある。

楽器のプレイヤーが、技術を追い求める時、それを何に使うかを見失うことがある。
いわゆる、テクニックに走って、内容に乏しい、とか。
テクニックはあるが、心に響かない、とか。
疑問の余地無く、音楽をやるからには、技術は磨くべきだ。
それは、今心に湧き起こったことを、そのまま表現するために使いたいから。
コンディションが悪いときでも、心に湧き起こることは変わらない。
それを逃さず、大切に、表現に昇華するはたらきが、技術の手前に存在する。
このはたらきを、技術と呼ぶのには抵抗がある。
これは技術では無く、芸術かも知れない。

演奏する人の中に湧き起こるものを、きっとオーディエンスは見守っている。
私の中に湧き起こるもの。
輝きや、惛さや、嘆きや、喜びを、見守ってくれてる。
声は、完璧でなくても、私という存在が想いに溢れていれば、何とかなっていくのかも知れない。

音楽は、技術が無くては出来ないけれど、それよりまず、心が動かないともっと出来ない。
去年10周年を迎えた私の会社、ラルゴ音楽企画。
当初は、小さい雑居ビルのロフトで、ひとりでライター仕事をしていました。
そのうち、歌を習いたいという方が現れ、友人から借りたYAMAHAのCP(八神純子さんが使っていたあれです)を置いてレッスンを始めました。
そこに、田無で一緒に音楽の会社を興しませんか、という申し出が有り、現在のスタジオトライブが完成。物件探し、防音工事の立ち会いから、会社のシステム作り、ホームページの制作、ロゴや会社案内の発注などこなしつつ、レッスンし、ライター仕事を続け、歌って来ました。
3年目には会社を2つに分社、スタジオの維持管理は別会社のサウンドブライトに移り、私はスタジオを利用しながら、ジャズレーベルを運営し、原稿を書き、レッスンをし、自分のライブも続けつつ...。
そして10年です。

創業当初はまだ家に居た私の子供たちも全員独立、2人の娘たちは結婚もし、ふと気づくと我が家は広々としています。
会社に出ていると、食事が不規則になりがちで、つい空腹に耐えかねて不本意な間食をしてしまったり、体調が悪くなってしまったり。
家に居れば、手をかけた食事がゆっくりできるし、仕事の合間に家事をすることも可能。時間が節約になれば、もっと自分の練習や曲作りができ、ライブをしたり、聴きにも出かけられますがな、と思いついた。

もともと、家族が多いために家にスペースが無く、仕方なく外で仕事をしていたのだから、家族が減った今は、自宅に戻るのも良いかな。
まだ考え中ではあるけれど、事務仕事だけ家に移す気持ちが大きくなっている。

レッスンは、やはりスタジオで、良いピアノでやりたい。
良い音の伴奏で歌うと、歌が良くなるはずだと信じている。
良い音を聴くこと、良いライブを聴くこと。
それが音楽の質向上、演奏の上達には欠かせない。

春に向けて、まず所持品のスリム化。
家の動線整理。
働きながら毎日ヘルシーで美味しい食事を摂る。
ちょっとワクワクしています。

2017年は、何が?!

user-pic
0
申し遅れましたが、

明けましておめでとうございます。

何をしていたんだ、私。

新年は、娘が送ってくれた牛肉1kgを、家族4人で完食する!?、から始まりました。
すき焼きでしたが、私の作った割り下が美味しすぎた。

そしてリハーサル、レッスン、パーティ仕事などをこなしつつ、2月10日発売の、『残照』多田誠司・スガダイローDUO ライブレコーディング@新宿PIT INNの、フライヤーやらを制作及びインフォを発送したりの日々。

ライブは、初めての組み合わせで素晴らしい出会い。感動の瞬間が幾度もありました。
このように、ライブで「よしよし」となると、ミュージシャンたちと文句無しに仲良くなる。

続くカラテチョップスの新年会でも、とある発想の出現が有り、その成り行きがまだ続いている。
「えっ!!」という、互いの在り方の発見は、まるでテニスの試合のようだった。

テニスの試合は、相性の良い同士だと、これ以上無いという美技の応酬になる。
これが、スタイルが違いすぎるなど、相性の悪い対戦だと、どことなく盛り上がらず、美技も出てこない。勝敗より、試合内容が充実するか否かは、大いに、互いの相性に依拠する。

相手を含んで成り立つもの、試合ばかりで無く、音楽のアンサンブルや対談、ダンスなんかも、互いの良き部分を引き出すためには、丁々発止が望める似た部分と、刺激としての異なる部分の割合、構成要素なんかが大切になる。

音楽のアンサンブルでは、互いにこれを鋭く嗅ぎ取っている。
なぜか、アンサンブルがうまくいく同士は、人間関係的にもうまくいく。
相性というものは、しかし分析したりはできず、ただ感じでOKか否かを判定するものだ。

不思議なんだが、いつも一緒に居る人では無い人の方に相性の良い人が多かったりもする。
そういう出会いが、年が始まって以来いろいろあり、今年は何か新鮮な成果が形成されそうな予感がしている。
私の人見知りをどどーーっと打ち破って突進してくる方々が現れ、私もそれに乗っかるというか...。

こんな感じは生まれてから2回目だ。
最初は小樽潮陵高校に入ったとき。
田舎の中学校には居ない、もの凄く面白い人種が大量に居て、めくるめく感動に浸ったものである。

ことしもめくるめくのか?
めくるめきすぎかも?

話題って...?

user-pic
0
体質的にお酒が飲めないので、「酒場での付き合い」ということをしない。
呑む友人に誘われて酒場に行くこともあるが、酔っ払った人々が大声で喋り倒す横で、素面の私は暇なままボーッとしているだけになる。
呑まない友人たちとは、ただ話すためにつるむという機会が極端に少ない。
毎日のようにライブをしている場合は、行く先々で人に会い、話すだろうが、私はそんなにライブもしないので、たいてい独りでボーッとしている。
やることはたくさんあり、レッスンやら楽譜書き、曲覚え、練習などしていれば、日々は過ぎゆく。本も読むし、テレビも観るし、絵も描き、曲も書く。
忙しいようだがそれでも、呑みたい人々が酒場で過ごすだろう時間帯は、家でボーッとできるのだ。

話は変わるが、このところ、何となく虚しい。
大地震の前に、泣くほど虚しい、不安な気持ちになった経験があるので、もしかして地震来るのかなぁ、と少し心配だ。
地震の予感では無いとしたら、この虚しさは一体何なのだろう。

私にはいつも、存在していてすいません、という気持ちがある。
自分のために、どなたかが不自由されたり、押しのけられてはいけない、という気持ちがある。
私が日頃している活動の様相から推し量って、相当にオレサマな押しの強い人だろう、と思われる節もあるのだが、じつは人前に出ないで済むなら出たくない引っ込み思案だ。
こういう性格だと、人を遮って話すパッションも無い。
酒場では、道端の雑草である。
そういう人が人前で歌うというのは、いかがなものか?

昨日、友人が出演する芝居を鑑賞し、その舞台の後、今回の演目についてあからさまな話をした。こちらは、感じたことを小出しにし、なるべく良い点を上げようとするのだったが、友人の女優は、その舞台に関する自分の体験をあけすけに晒してくれて、そのお陰で私の感想は、なるほどと自分の腑に落ちたのだ。
話題とは、そういうものでありたい。
ギターの加藤崇之さんは、とても忙しくライブをし、絵を描いて、おまけにブログまで書いているのにも拘わらず、ときどき、私の歌やライブの内容について、丁寧なメールを書いてくれる。
その内容は、きつい部分もあるし、励まされる部分もあるし、納得できるまでたくさんのエネルギーが必要だったりもするが、それを契機として、はっきりと気持ちが変わる時がある。
話題とは、そうありたいものだ。

いつもどこかでうっすらと考えてはいるが、普段の会話にはあまり上らない、という種類の事柄がある。
そういう事柄を、互いに話しながら意識に上らせ、口に出し、再認識して行く。
自分の中に渦巻いていたものが、ある程度整理され、共感もされ、取り敢えずは片付く。
話題とは、大いに、そういうものでありたい。




世代のこと

user-pic
0
若い人について、時々SNSに書かれているのを目にする。
礼儀の事やら、感受性のことなど。
大方は不満だったり、憤りだったり。
時には、若い人同士で固まっていないで、もっと先輩に学ぶべきだ、とか。
行動が理解不能だとか。

たいてい、私には、それほど気にならないことばかり。
自分に子供がいると、彼らがどれほど私の時代と異なった人生を過ごしているか良く分かるから。
物心ついたときからパソコンが有り、携帯電話があり、それらを使いこなすのに不自由しない。
親の世代から、嗜好のエキスのような影響を受けもするので、選択眼は鋭く、自分の立ち位置にも敏感だ。
だから、子供たちのそれぞれが、際立って異なる個性を見せても、なるほどと頷くしか無いと思えるし、そう不自然には感じない。
育つ中での情報の質と量の違い。
情報に対する感受性の違い。

たとえば、団塊の世代の方々には、異様なほどにアメリカに対する近親憎悪が感じられるが、私の世代ではあっけらかんとした憧れに変わり、子供たちの世代に至ってはあまり興味の無い存在となっている。しばらくの間、絶対的に素晴らしかったアメリカ文化は、今に至るとOne Of Themでしかなくなっている。先行する世代の人々は、これに代表される世界観の変化に気がつかないように見える。
人にとって、自分と同じ世界の見え方、というのがまず基本に有り、しかし、他者は全て、それとは異なる世界を見ているはずだ、という意識。

心理学を学んだ中で、もっとも自分に有効に働いたのはこの感覚かも知れない。
人の話を聞く、ということの難しさ。
話を聞きながらつい自分の体験に引き寄せ、バイアスをかけて解釈してしまうどうしようもなさ。
それをいちいち確認する注意深さ。
こちらの言い分は、ほとんどの場合理解されないだろうという諦観。
しかし諦めてはいけないだろうという希望。
話の聴き方の徹底的な訓練から、話をすることに対する心の下地ができあがった。
人は、ひとりずつ異なっている。

世代が変われば正義も変わる。
努力の質も量も、見返りすら、一様では無い。
そのことをいつも自分に言い聞かせて、若い人たちと接すると、どこかほのぼのとした共感が湧いてくる。若い人たちは、私たちの役に立つ為にいるのでは無く、彼ら自身の充実のためにいる。
それは私たちが過ごしてきたこれまでのいのちと同様で、どこまで行っても全ての世代は対称に存在するのだ。

世代は次々と生まれてくる。
私には来年孫ができる。
その成長を見ながら、また新しく時代や世代のことを感じるのだろうな。
どんなことが見えるのかな。
参院選があって、私のSNS周辺ではみんな怒っている。
投票率の低さと、選挙結果について驚き呆れているのだ。
投票に行かない人に対して怒り、そして、与党に投票してしまう大勢の人々に対して呆れている。
なぜかいつも、私のSNS周辺は同じ様相なのだ。
ということは、私と似た人々としか普段にはつながっていないということになる。

SNSは、人付き合いを広げたかに見えるけれど、じつは逆で、同類ばかりの集まりにしている。
だからつい油断して、この世の中は自分と同じ意見の人が大勢を占めると勘違いしてしまう。

現実には、この世の中は、私とは異質な大多数と、私と似たごく少数の人々とで成り立っていると考えなくてはならない。

ジャズを演奏するお店には、ごく少数の人々しか来ない。
それらジャズ好きの皆さんは、こんな素晴らしい音楽を聴かないで、くだらないポップスやフォーク聴いている人々は一体、何が楽しいんだろうか?などと考えてしまう。
ジャズが好きになると、確かに、他の音楽は一気に退屈なものになってしまう。
それは事実だ。
けれどそのために、私は、音楽の好みで超マイノリティーとなっている。

読書、という趣味に於いても、私が読んでいる本を読む人は少ないみたいだ。ベーシストの井上陽介さんはアメリカの小説家がお好きみたいなので、その話を投げたら、もの凄く驚いて喜んでいた。そんな話しをてくれる人にはほとんど会ったことがない、と仰っていた。

昔から、私の気に入った雑誌はすぐに廃刊になり、気に入った香水も化粧品も販売打ち切りになるのだった。私は、みんなが好きなものを嫌いなわけではなく、人気の出る要素については理解できているつもりだ。しかし、気に入って入れ込むとか、打ち込むとかいう対象は、どうやら全般的な割合からして、とても希少なものばかりみたいなのだ。

それでいて、珍しいものに打ち込んでいる方たちの同好会のようなものは敬遠してしまう。マニア間の競争には、どこか鬼気迫るものがあるので、足を踏み入れたくない。

同様に、同じお店に集う常連さんにもなり得ない。馴れ合えないし、いつも同じ人といるのが嫌いだ。

その割りに、食べ物や、着る物はいつも同じようなものばかりだ。珍しいものなど買ってみてもしばらく眺めて、やがて捨てることになる。着る物を選ぶのも面倒で、毎日、同じ服を着ていていいのであれば、そうしたくらいだ。

さて、その上で政治である。
私のようなタイプの人間は、マジョリティが世の中を悪くしていると考えている。
愚かで、流されやすい、正しい状況判断ができていない、と考えている。
しかし、世の中の生産性を支えているのは、間違いなくマジョリティな彼らの方である。
だから彼らの側からすれば、世の中を悪くしているのは、大して高い生産性もないくせに、どことなく偉そうに、上から目線でものをいう私たちの方、なのではないだろうか。
マニアックな音楽を聴いたり、本を読んだりして色々ものを知った気になっている私たちのような趣味人は、大概の場合、ただ座っているだけなのに訳知り顔で批判などする。

ものを知っていて、何がいいのか悪いのか分かったとしても、それはそれ。
世の中の要素としては無いも同然だ。
それを、説得して回るとか、周囲にも語るとか、組織するとかしない限り、いないも同然なのだ。
しかし何故なのか、良く理解できていながら、私たちは集団が嫌いで、人とつながるのに消極的で、大きい声も出したくない。
つまり内向的な人々の方が、事の善し悪しを良く理解できてしまう傾向があるにも拘わらず、彼らは政治の役には立たないのかもしれない。

ひとつの解決策として、そのようにタイプの異なる人々が、互いを利用し合って、善き方向に動くのが理想だけれど、それがなかなかそうも行かず、つい好き嫌いだけで動いてしまうし、生きてしまう。

世の中を悪くしているのは、誰、ということではなく、じつは「みんな好き嫌いでやっていて良いよ」という、非常に民主的な思想のせいなのでは無いかな、とふと考えたりした。
ひとりずつの個人を尊重するという前提がある限り、世の中はいつまでもこのようなままであるに違いない。
この間、いつも出演させて頂いているお店のマスターが、わたしのことを「敏腕プロデューサー」とかブログに書いていて、「へー、そう思われていたのか?」と、ずいぶん驚いた。

そういえば、知らぬ間に、うちのレーベルから出たCDが20数枚に達している。
私がしていることは、「こんなアルバムが出したい」と力説するミュージシャンと、さらに相談して実現することだ。
時には、そのアイディアに私の妄想を上乗せして頂くこともある。
だって、色々思いついちゃうんだもの。

今回、初めて私の歌の弟子がアルバムを作った。
選曲からアレンジまで口を出し、バックを勤めるミュージシャンも身内で固めた。
彼女の歌は、この数年続けてきたワークショップ参加とライブ観戦でずいぶん変わり、何より、大変な工夫と努力、ぶつかり稽古的なライブ活動で飛躍的に進化している。
レコーディング中は、そんなあれこれの相乗効果で、参加メンバー一同大変盛り上がった。

マスターのブログによる「敏腕プロデューサー」は、実際のところ「細腕プロデューサー」で(私の腕は太いが)、毎月を越すのに色々苦労してはいる。つまり経営的には素人なのだが、レコーディングやミックスの現場では、なかなか悪くない存在だと感じられてきた。
それは、スタジオを作って以来、この数年間の蓄積と、それ以前から数十年にわたる音楽生活とが上手く噛み合ったところで醸し出される「趣味趣向」だったり「経験値」だったりするわけだ。偶然や成り行きが先行した感はある。それでも、一作ごとにやりたいことも、作り込みたいことも明確になっている。

CDはどこまで行ってもミュージシャンのものだと思っている。日々、「これでもかっ!!」というくらいに全力でライブをこなし、その都度、舞い上がったり落ち込んだり、考えたり、喜んだり、時には怒ったりの過程から形作られる音楽の創造物。
ただ、消えていくばかりのライブ活動を、ある時点で余すところなく、できればライブの内容を上回って残していけたら、これほどやりがいのある仕事はまたとない。

今、レギュラーとして関わって下さっているミュージシャンは、いずれも努力家で、粘り強く、しかも才能に溢れている。だから、真剣な録音現場に立ち会うことで、歌手としての私の滋養になる要素は限りなく多い。
加えて、大好きなアートディレクションにも関わるので、その楽しさは実に他では得がたいものだ。

プロデューサーという肩書きに、少し気後れしていた時期もあったけれど、最近はこれらの仕事がとても好きになり、それほど悪くない人材なのかも、と思える瞬間も現れてきた。
外ならぬマスターに言って頂いて、それが自分を見直すきっかけになったのかも知れない。
頂ける機会は心から大切に。
がんばろ...。

月別 アーカイブ