色々なことを大切なのかどうか、判断している気がする。
そして、優先順位をつけましょうとか、選択と集中をしましょうとか言ってみたりもする。
ところが、良いことか悪いことなのかは、時間が経って、記憶や印象が大分薄まったり忘れたりした頃になってすら、実際はどうなのかよく分からない。
価値とか善悪というものが、どのように決まるのか。
考えてもよく分からない。
気分良く生きようとすると、判断なんてものを自分の中に採り入れすぎない方が良い、という感じすらする。
便宜上、決めなくてはならないときも、首を傾げて曖昧にする。
白黒つけろ、と迫られても、困った顔で首を傾げる。
これこそ、人の在り方に等しい。
見ていると、みんな良かれと思ってしたあれこれのことのほとんどが、あまり意味もないままに過ぎて行く。大決心は喜劇的でもある。
やってみた結果、8割方は余計なことだったりもする。
そう思いながら、日本映画のことを思い出す。
山崎豊子の描き出す会社は、本当にこんなだろうかと、自分の緩さに感謝するほど壮絶なのだ。
それでいて、森繁社長の漫遊記は、私などまだまだ生真面目すぎると反省するほどいい加減なのである。
そしてそれぞれがやはり日本の一面らしい。
何が本当か。
映画は両極端を描いているのか。
生きているときに絶対に大切なのは、ただ、寝て食べて機嫌良くいることだけ。それ以外は、暇つぶしのようである。
楽しみのひとつとして、互いの暇つぶしの質をああだこうだと批評し合う。
そういう発散を大まじめにしていると思うと、何だか笑いがこみ上げてくる。
うちで大人気の卵焼き。
砂糖多め、醤油ちょいたらし。
卵2コで作るときが、もっとも美味しい。
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