私は、和服をどっさり持っている。
着物好きな友人に見せたりすると、驚かれるほどである。
だが、自分で買ったものは一枚もない。
全部実家から送られてくるのだ。
祖母は、日舞を趣味としており、終生着物だけで過ごした人。
形見分けで残った渋い普段着が数枚と、粋な裏をつけた黒い羽織などがある。
母は、正装のほとんどを着物にしていた。
こちらはゴージャスなものと小紋、色無地に大島、紬など。
もちろん、嫁入り道具とかいう着物もひと通り揃えてもらったので、見渡すと、死ぬまでに着る着物が全部あるという感じだ。
それが全部タンスの肥やし。
全く着ていない。
ある日の酒席で、現在お着物にどっぷりとはまっている編集者のSさんが言った。
「ねえ、秋の紅葉の頃、小金井公園あたりで、ささめゆきごっこ、しない?」
その「ごっこ」の中味は、そこにたまたまいた四人の女して、和服で集まろうというものである。
「ほら、歳も一個ぐらいずつ違うし、なりきって集まろうよ」
その伝で行くと、Sさんは三女の役。
市川昆監督の映画「細雪」なら吉永小百合の役だ。
「あら、私が小百合だわ」
とSさんだんだん盛り上がり、私は古手川祐子ということになった。
ならば振り袖着ても良いのだろうか。
あの映画では、古手川、花見のシーンで桜の振り袖かなんか着ていたような気がする。振り袖、しかも桜のがタンスにあるんだ。縮緬で、白地に桜と扇の模様を散らした振り袖が。あれ着てやろうかしらん。
そこではっと我に返る。
予定は秋。
私は、しじゅうはちである。
でも、この「ごっこ」には心が躍る。
着物を着たくなってしまう。
四人の中でひとりだけ貧乏暇無し余裕無しの私だけれど、思わず声を張り上げてしまいました。
「細雪ごっこのための電話連絡網作ろうか」
ちなみに、その日たまたまひとり混じっていた男子、好青年のGさんは、その行事に於いて石坂浩二をやる羽目になったのだった。
Gさん、すいませんねえ。
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