我が息子は、家に帰ってドアを開けたその瞬間、歌っている。
MDウォークマンを伴奏にして、気分を出して歌いながら居間に入ってくるのだ。
娘たちも、何かというと突然でかい声で歌い出すので、びっくりする。
突然歌が口をついて出て来るということがある。
心の中で歌っていたらば、何かの瞬間に感情が高ぶって本当に声に出てしまうとか。
私も、家事をしながら突然自分が歌っていることに気づいて「おっと」と思うことがある。無意識なので、自分の声を聴いてから歌っていると知って驚くというわけ。
つまり、いつもいつも体の中で音楽が鳴っているらしいのである。
テレビを見ていると、歌ったことのある曲がコマーシャルで良く流れる。
ドゥビー・ブラザース、アース・ウィンド&ファイヤー、イーグルス、エモーションズ、あるいはゴスペルの名曲などなど。
するとすかさず一緒に歌ってしまう。
条件反射みたいなもの。
そして一瞬で気分が盛り上がっている。
バカみたいだ。
毎日、仕事を始める前にとりあえずという感じで、その日の気分のCDを選ぶ。
小春日和だとニール・ヤングとか、寒い雨の日にはトニー・ベネットだったり。
するともう、私はいとも簡単にその世界に没頭してしまう。
その音が想起させる映画のシーンを思い浮かべたり、あるいは自分に関する様々なエピソードを思い返したり、ありもしないことを空想したり、それはそれは、これを作文に転換すれば小説家になれるのじゃなかろうかと思うほど。
そして、そのうっとり感を堪能する。
音楽体質であれば、何を置いても、音楽ができることを無上の喜びとする。
私はずっと、歌ったり演奏したりするのが素晴らしいことだと思っていた。
ギヤラを頂いて歌えるのだから、少々の不幸などものかは、と思っていた。
ところが、ある時友人にそのようなことを話したら、「他の人は人前で歌いたいなんて思ってませんよ」と返された。
なるほど、そう言われてみればそうである。
そんなことよりも、数学の問題を解くとか、物理の法則を理解するとか、法律の文脈を読み解くとか、そちらの方に全勢力を使いたい人も大勢いるわけだ。スポーツジムには、身体を作り上げることが大目標のインストラクターがいるのだし...。
人には、生まれつきの体質というものがあり、それがその人の生きる道を決めるみたいだ。
しかし、それは遺伝とか環境とはあまり関係ないらしい。
素晴らしいミュージシャンでも、ご両親は全く音楽とは縁がないという人に結構出会う。それでも、当人はある時突然音楽にとりつかれ、寝る間も惜しんで没頭し、いつの間にかちゃんと音楽の道に進んでいたりする。
よく考えると不思議なことである。
脳のでき方?
学習の成果?
因果関係は色々あるのかも知れない。
子どもの友だちの家庭にお邪魔すると、そこの家庭がどのような体質であるか幾分わかるときがある。
大きくは、文化系か理数系かに分かれるが、書棚の本の種類、飾ってある絵の感じ、置いてある調度品の雰囲気などを通して、その家庭が何を大切にしているか、何が好きかが少し分かる。
私の兄の家には、戦闘機やら戦車のプラモが大量にあり、おもちゃの機関銃みたいなものがあり、軍隊に関するヴィデオがあり、本棚には架空戦記物が並んでいる。どうやら戦いが好きらしい。が、本人は喧嘩もしなければ、声を荒立てることすらない眼鏡をかけた中年の歯医者である。
体質とは、斯様に不思議なものでもある?
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