「ゆりかもめ」というモノレールのように高架を走る乗り物が、臨海副都心を走っている。5月17日(日曜日)の早朝、私は、新橋から乗って、有明、お台場を通り国際展示場正門、という駅で降りた。
前日から雨模様。その上その日は風まで強く、逆三角形を空中高く持ち上げた巨大な建物は、凧のように舞い上がりそうだ。
その日、ここで、第29回目の「デザインフェスタ」が開催され、それに我が事務所も参戦しようというのである。参戦といってもコンペではないので、闘いはなく、ただ自分(たち)はアートの表現活動をしていると表明するために、そこに出展するわけだ。ホームページで見たら、8500人以上のアーティストが参加した、となっていた。
このイベント、発足当初は、美大や専門学校の学生や卒業生が、「いいのか?」というぐらいとんがった企画を展開していたらしい。そこで見いだされてデザイナーやクリエイターとして一本立ちする人も多いという。今でもそれは変わらないのかも知れない。けれども、イベントに対する参加者の予定調和的な慣れ感は否めない、とは、参加経験者、デザイナー鴨下の言。
私にとって、デザインフェスタは初めての経験だ。鴨下と、ウエダさん、作り物の協力者おりえちゃん、イラストレーター小宮君他に頼り切り、しかし、作り物のアイディアは色々出してちょこっと制作しつつ当日に臨んだ。
広い会場で15分以上うろうろ迷い、やっと我が事務所のブースに辿り着く。広大な会場全体にびっしり組まれたブース。展示には小物あり、イラストあり、バッグあり、映像や、インテリア、音楽、パフォーマンス、いずれも「若い」。
何にせよ、経験してみないと空気感も、なにがフィットし、そこでは何が前衛とされ、それにしてもどこまでが許されるのか、皆目分からない。ブースにしても、区画と大きさの感覚が掴めない。何より、場所のもつ「気」が、まずもって知り得ない。
こういう場合、私はじっとして、経験ある方々に任せるのが良い。準備の間は斯様に空想めいた期間となった。
さて当日、一日立ちづめで、色々なものを売ったり紹介したりして、これはつくづく若い人のためのイベントだと感じた。年齢は、表現欲求の質を変える。自分の表現世界を俯瞰し客観的に判断し始める。
しかし、その後、パリコレの模様をテレビで見ながら膝を打った。
私は今までファッションショーの意義について、全く分かっていなかったと気づいた。前衛的なもの、やたらと高価なもの、それらがいったい何のために大金を費やしたイベントで公開されねばならないのか。私にはよく分かっていなかったのだ。何しろ衣服というものは、健康や実用に即していなくてはならない。お洒落は、虚栄や儀式の範囲だ、と考えていたフシもある。
従って、衣服をあのように扱う服飾業界の必要性について、正しい理解が出来なかったというわけだ。
ところが、デザインフェスタで多様な表現への熱意を見た後、いつものようにぼーっとテレビを見ていた私に、そのアイディアが閃いたのだ。
デザイナーは、自分の思い描く最高の美を、あるいは服飾という思想の前衛をその場で表現しようとしていることに。実用性や価格については不問のまま、持てる限りのアイディアと資本を注ぎ込んで、ショーで美意識の具現を問うている。それが、服飾に限らない美の世界観に於ける牽引役となっていることに突然気づいた。
例えば、ディオールなどは歴史に裏付けられた蓄積、人材、顧客、財源のいずれに於いてもトップのブランドで、その華麗さはそれらの資源に裏付けられている。音楽で言えば、マドンナやセリーヌ・ディオンの公演のようなもの。
そのように、ショーをライブ・パフォーマンスと引き比べると、ブランドやデザイナーの目指すものが理解しやすくなる。
貴族や女優、セレブリティはそれらの高価すぎる衣服を買い取って、ブランドを成立させ続ける責務を負う人々なのだとも思えた。
音楽の世界に於いて、ジャズはポピュラー音楽全体の牽引役として存在する。ジャズというジャンルの中には、トラディショナルなものから前衛的なものまで数限りないスタイルがあるが、それぞれがプレイヤーのやむにやまれぬ表現欲求に基づいて選択されるのだ。
デザインも同様。
専門外から見ると、固有名詞としては知らなくても、現存するスタイルの多様性を産み出した、あるいはその根拠となった一大エポックがいくつもあるらしいことが推量されてくる。
そう思って、絵画、彫刻、建築などを辿るとこれまた興味深い。
いわば、歴史的時間に依拠する縦軸。
さらに、それとは別の横軸、つまり地平的な広がりとして、ワールドワイドな表現の多様性に対する知見という側面もある。
いずれにしても、表現はひとつの思想である。その思想に好奇心を抱き、収集したり、アナライズする熱意があれば、この時代に生まれたことを存分に楽しめるのではないか。
「なんで、デザインフェスタなんですかぁ」とスタッフに不思議そうに訊かれた時、「何でも良いんです。出ると言ったら出るんです」
と何の根拠もなく、勘だけで答えていた私は、実にすごく勘が良かったな、と今となって思うのである。
前日から雨模様。その上その日は風まで強く、逆三角形を空中高く持ち上げた巨大な建物は、凧のように舞い上がりそうだ。
その日、ここで、第29回目の「デザインフェスタ」が開催され、それに我が事務所も参戦しようというのである。参戦といってもコンペではないので、闘いはなく、ただ自分(たち)はアートの表現活動をしていると表明するために、そこに出展するわけだ。ホームページで見たら、8500人以上のアーティストが参加した、となっていた。
このイベント、発足当初は、美大や専門学校の学生や卒業生が、「いいのか?」というぐらいとんがった企画を展開していたらしい。そこで見いだされてデザイナーやクリエイターとして一本立ちする人も多いという。今でもそれは変わらないのかも知れない。けれども、イベントに対する参加者の予定調和的な慣れ感は否めない、とは、参加経験者、デザイナー鴨下の言。
私にとって、デザインフェスタは初めての経験だ。鴨下と、ウエダさん、作り物の協力者おりえちゃん、イラストレーター小宮君他に頼り切り、しかし、作り物のアイディアは色々出してちょこっと制作しつつ当日に臨んだ。
広い会場で15分以上うろうろ迷い、やっと我が事務所のブースに辿り着く。広大な会場全体にびっしり組まれたブース。展示には小物あり、イラストあり、バッグあり、映像や、インテリア、音楽、パフォーマンス、いずれも「若い」。
何にせよ、経験してみないと空気感も、なにがフィットし、そこでは何が前衛とされ、それにしてもどこまでが許されるのか、皆目分からない。ブースにしても、区画と大きさの感覚が掴めない。何より、場所のもつ「気」が、まずもって知り得ない。
こういう場合、私はじっとして、経験ある方々に任せるのが良い。準備の間は斯様に空想めいた期間となった。
さて当日、一日立ちづめで、色々なものを売ったり紹介したりして、これはつくづく若い人のためのイベントだと感じた。年齢は、表現欲求の質を変える。自分の表現世界を俯瞰し客観的に判断し始める。
しかし、その後、パリコレの模様をテレビで見ながら膝を打った。
私は今までファッションショーの意義について、全く分かっていなかったと気づいた。前衛的なもの、やたらと高価なもの、それらがいったい何のために大金を費やしたイベントで公開されねばならないのか。私にはよく分かっていなかったのだ。何しろ衣服というものは、健康や実用に即していなくてはならない。お洒落は、虚栄や儀式の範囲だ、と考えていたフシもある。
従って、衣服をあのように扱う服飾業界の必要性について、正しい理解が出来なかったというわけだ。
ところが、デザインフェスタで多様な表現への熱意を見た後、いつものようにぼーっとテレビを見ていた私に、そのアイディアが閃いたのだ。
デザイナーは、自分の思い描く最高の美を、あるいは服飾という思想の前衛をその場で表現しようとしていることに。実用性や価格については不問のまま、持てる限りのアイディアと資本を注ぎ込んで、ショーで美意識の具現を問うている。それが、服飾に限らない美の世界観に於ける牽引役となっていることに突然気づいた。
例えば、ディオールなどは歴史に裏付けられた蓄積、人材、顧客、財源のいずれに於いてもトップのブランドで、その華麗さはそれらの資源に裏付けられている。音楽で言えば、マドンナやセリーヌ・ディオンの公演のようなもの。
そのように、ショーをライブ・パフォーマンスと引き比べると、ブランドやデザイナーの目指すものが理解しやすくなる。
貴族や女優、セレブリティはそれらの高価すぎる衣服を買い取って、ブランドを成立させ続ける責務を負う人々なのだとも思えた。
音楽の世界に於いて、ジャズはポピュラー音楽全体の牽引役として存在する。ジャズというジャンルの中には、トラディショナルなものから前衛的なものまで数限りないスタイルがあるが、それぞれがプレイヤーのやむにやまれぬ表現欲求に基づいて選択されるのだ。
デザインも同様。
専門外から見ると、固有名詞としては知らなくても、現存するスタイルの多様性を産み出した、あるいはその根拠となった一大エポックがいくつもあるらしいことが推量されてくる。
そう思って、絵画、彫刻、建築などを辿るとこれまた興味深い。
いわば、歴史的時間に依拠する縦軸。
さらに、それとは別の横軸、つまり地平的な広がりとして、ワールドワイドな表現の多様性に対する知見という側面もある。
いずれにしても、表現はひとつの思想である。その思想に好奇心を抱き、収集したり、アナライズする熱意があれば、この時代に生まれたことを存分に楽しめるのではないか。
「なんで、デザインフェスタなんですかぁ」とスタッフに不思議そうに訊かれた時、「何でも良いんです。出ると言ったら出るんです」
と何の根拠もなく、勘だけで答えていた私は、実にすごく勘が良かったな、と今となって思うのである。
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