No Man's Landと怒りの話

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  誰ものでもない土地には、献品台のようなものがあって、通りかかった部族の男たちが、そこに捧げものを置いてゆく。

 誰のものでもない土地、No Man's Land

 広い草原の、なぜだかそこだけ樹木が生えていない空間。そこに、木で作られた餌台のようなものがある。

 ある部族が置いてゆくものは、別の部族にとっては未知のものである。しかし、ある時、通りかかった男は、その置き土産を何かの役に立つと直感して道具入れに放り込む。彼の道具入れはそれほど大きくないため、このところさっぱり出番の無かった別の道具は、不要かも知れないとみなされ、頂いた道具の代わりにその餌台の上に置かれる。

 そこに、また別の部族の者が通りかかり、不要品とされた道具を見る。彼も、それが前に通りかかった何者かからもたらされたものであり、いずれ何かの役に立つことだろうと直感する。そこでそれを取り、また別の何かを置いて去る。

 

 「もたらされたモノ」という概念は、人間にしかない。

 ここにはいない誰かを想像するという、過去を思い起こす力。

 そして、いずれ何かの役に立つだろうという未来へと向かう空想もまた、人間にしかない。

 これらの特別なアイディアが、人間という種の始まりにある。

 ブリコラージュ。

 この働きをそう呼ぶのだそうだ。

 

 私にとってのブリコラージュは何だろう。

 試しに最も苦手な「怒り」という感情としてみようか。

 「怒り」という感情を、わたしは長いこと「忌避」していて、その感情を制御できない人を軽蔑もしていた。

 当然の事ながら、私の周囲には、いつも怒りがあったが、それは、私にとって意味も無く特別に悲しいことだった。

 互いが思いやることなく、要求がましいばかりであるとき、私の心は痛む。

 甘えはまだしも、要求となると、事は残酷だ。

 誰かが、誰かのために打ち出の小槌であるとき、あるいは打ち出の小槌にされるとき、生け贄となる誰かは、奴隷のようにせかされ、使われ、搾取される。いつしか、彼または彼女は、その役割のためにしか存在できないと思い込んでいく。甘えるどころか、恫喝して恥じない人々によって、正当に怒る力すら奪われて...。

 私の怒りは、無能なる人々のために生け贄となってしまった「優しい人々」に向けられる。働き者は、皆に富を分配したのだから、それなりの権力を堅持すべきだ。

 それを放棄する人を、私は怒った。

 

 しかしその時はまだ、恫喝と怒りが別の働きであることを、私は理解していなかった。そのために、人生の半ばまで、自分の怒りを点検し封印して、じつは「優しい人」当人によって行使してもらいたかった怒りを諦め、あらかじめ無いものと仮定した世界で生きようとしたのかも知れない。

 思い返すまでもなく、分不相応に肥大した甘えはそこら中に充満していた。

 思い通りにならないのは、「誰か」のせいであると皆が声高く叫び交わしているように見えた。

 その「誰か」が他でもない「私」であるように、私の耳にはそう聞こえた。

 多くの人の暴力的な甘えを、力のあるものが吸い上げ、分別し、怒りとともに無意味化すべきだったが、「優しい人々」にはそれができないのだ。

 膨れあがった甘えの澱は、そのまま私の足下に汚泥として流れ寄り、私は怨嗟と妬みの渦の中で窒息しかけた。

 

 ふと気がついてみると、怒りは、No Man's Landに置かれていたのだ。

 何度通りかかっても、わたしはそのツールしか認められず、それが私には疎ましいものだったため、いつも底知れなく絶望して泣きながらそこを去った。

 けれどもある時、ついに私は、それを手に取らざるを得なくなった。それは恐らく、私の中に新しい力が必要となったからだ。

 私は、古い自分に対する怒りを手に取って食べ、飲み下した。私ははじめて激しい怒りの嵐を体験し、しかしついにそれが、怖れるに足らず、封印すべきではない感情であることを知った。それを使っても自分が損なわれるわけではないと分かったからだ。

 怒りの渦中から立ち戻ったとき、私はNo Man's Landに、私の道具入れに取り込み終えた「怒り」の代わりに、何か別のものを置いたと実感した。

 それこそが、「怒り」という贈与への返礼だった。

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このページは、kyokotadaが2010年6月24日 12:34に書いたブログ記事です。

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