気がつくと、私の前には暗黒のような深い穴があって、その果て、その底には、動かぬ真実が置かれているように思われた。
暗黒の穴は、私の出すどのような答えに対しても決して「是」と言わず、それどころか、答えが私の口から発せられようとするや否や、さささ...と逃走する。掴み所がないのだった。
手応えのない修行。
けれど、どれほど失望の回数を重ねても、それでも必ず「是」はある、という確信は、幸い私の中から消えることはなかった。いつの瞬間か、必ず必ずそこに手を伸ばして触れることができるに違いないと想い続けた。
暗黒を提供したものは師である。
師は、家であり土地であった。
師は際限のない、問いのかたまりと見えたが、それはただ、私自身が反映していた故に暗黒を深め続けていったのだと、長じてからやっと分かる。
その暗さと深さは、私の推量によるものでも、あるいは師本来のものでもなく、ただ、私という存在の可能性の総量だったのだ。私の前に広がっていた暗黒は、私の想像力の大きさまるごとに深いのだった。
私の家や町は、ただ私から、師というその役割を振られたに過ぎない。
奥行きのない絵画が、見る側の想像力によって遙か彼方にまで広がりを持つときのように、対象は主体の写し鏡だ。
私がその暗黒の役割を家に割り振ったのは、私がその家の子どもであるという確信からだ。唯一無二。他の誰にも代替できない、ただひとりの「娘」としてそこに在ることは絶対のように思えた。
家の空気は、時として、私とは全く異質なものになった。
その上ヒステリックに「否、否、否」と私を追い詰めるので、困り果てた挙げ句の行為が、その「否」の由来、理由を問い続けることだった。
「是」が出るまで、是非ともガンバラナイトナリマセン。
師が私に求める仕草は、いつまでも私に理解不能な暗黒だった。
しかし、成長するには理解不能であることが何より重要だったのだ。
理解への渇望によってかき立てられた想像力は、どこまでも私の可能性を押し広げ続ける。
広げ続けてついに、私は思いもよらなかった場所、ノーマンズランドに立ち至った。
誰の土地でもないその地の、誰のものでもない広場の真ん中に、先人が残してくれた素敵な贈り物が置いてある。
その贈り物を手に取り、陽にかざして眺め、その使い方を考えている。
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