「皇帝」 加藤崇之 作曲
加藤によると、「この曲ではビートルズをやりたかった」ということである。
文中最後の活字が大きいのは、なぜか、操作が反映されないためで、意図してではありません。
しかし、何となくいい感じかも...。
2.皇帝
皇帝は堂々としている。
太い腹と、白くてたっぷりとしたひげ。
頬はバラ色で、まつげが長い。
髪の毛は少ないが、たっぷりとしたブロンドのかつらがある。かつらにはいつも薔薇の香りの香水。
真珠の光沢を放つシルクのブラウスには、同じ真珠色の細い糸で綿密な刺繍が施されている。図柄は、王家の紋章である、鋭い眼を持つ鷹。
ブラウスの上には、白貂の縁取りが付いた深紅のビロードのローヴ。
左手には背丈の長さの杓を持つ。
もちろん、その頭の部分には金色に輝く鷹がとまっている。
皇帝は慈悲深い。
子供が生まれると、その子の将来のためにリンゴの苗木と山羊が一頭振る舞われる。
子沢山の家では、山羊の飼料に困って、時にこっそり売ってしまったりするのだが...。
皇帝は愛情深い。
結婚する若者達には、白いレースの布を一巻き、新しい食卓に相応しい銀の食器を二人分、贈呈される。
たいていの家庭では、白いレースも銀の食器も、新婚さんたちが年老いるまでには隣の国の質屋にすっかり売り払われてしまうのだが...。
皇帝は音楽好き。
周辺の国々で名を馳せる名音楽家たちを、三顧の礼で呼び寄せては宮廷で音楽会を開く。何と言っても盛り上がるのは、皇帝が自作の曲を演奏なさる時。廷臣たちは我先に耳栓を、そっと彼らの耳に忍ばせる。
有名な音楽家たちは、他の音楽家たちの噂話で聞き及んだ、その世にも不思議な音楽を聞くためにしかと心の準備をするのだった。
さて、皇帝は招かれた音楽家の演奏をひとしきり誉め讃えてから前に進み、厳かにご自分の楽器を肩に掛ける。
「えれきぎた」と呼ばれるその楽器は、遠く亜米利加の地から特別に取り寄せた珍品である。
皇帝の後ろには「ましゃる」と書かれたプレートを輝かせた、大きくて黒い箱がある。いくつかの小さなつまみ。皇帝の「えれきぎた」から伸びた黒い紐が、その「ましゃる」の小さい穴に差し込まれる。
皇帝が目配せすると、三人の小姓たちは一斉にハンドルを回し始める。
ぐるぐるぐるぐる。
ハンドルのついた箱からも、「ましゃる」に伸びる紐が見える。
突如として、宮廷中に、かつて聴いたこともない轟音が鳴り響く。
皇帝の左手の指は、楽器に張られた糸の上をめまぐるしく動き回る。
右手は、それらの弦を弾き続ける。時には叩く。
著名な音楽家たちは青ざめる。
雷か地鳴りか、それとも瀕死の馬のいななきか。
皇帝は、バラ色の頬をさらに紅潮させて楽器を奏で続け、天にも昇る快感に、これ以上はないというご機嫌至極、比べるものとてない法悦の次元へと、一気になだれ込むのであった。
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