ドラマーの古澤良治郎さんが亡くなった。まだ65歳。もう一回会っておくんだった。
10年前に、歌に復帰したとき、ライブをお願いした。
とにかく、長く現場を離れていたので、知っている方に集まっていただいたということだった。他のメンバーは、ピアノの続木徹さんとベースの桜井郁夫さん。今思うと、おっそろしい組み合わせである。
まだ、20代の頃、一瞬古澤バンドにいたことがあり、それから数十年ぶりにライブをする段になって、はじめに会いたいドラマーが古澤さんだったのだ。
吉祥寺「のろ」での過去のライブ写真を見ると、なんで私が?と不思議な気持ちになる。
ぜんぜんはまってないっしょ。
結局、私は古澤音楽の要求には応えられなかっので、ゲストみたいに数回ライブでご一緒しただけになった。「できねー」と落ち込む私を見て、本多俊之が面白がった。くやしい。
古澤さんが亡くなった頃、私は幻聴を体験している。
夜中に布団に入って、まだ寝ていない感じの時、耳元で男の人の大きな声がした。
2フレーズくらい。
隣家で何か事件でも? と思ったが、隣家どころか、下の階からもこんな風に声が聞こえたことはない。
それでもこれほどの大声を出すなら、ひょっとして事件かも、と思いついて、枕元の時計を見た。
その数日後に訃報を聞いたのだ。
訃報を聞いてしばらくして、この幻聴のことを思い出した。
甘えっ子古澤、色々な人のところに出没したのかも。
私の周囲では、好ましい男性が次々と亡くなる。
それも若くして。
私の人生は、少しばかり喪失が多すぎる。
現在を生きているとばかり思っている自分が、何かを喪う度、深い不安に沈むのが分かる。
喪うものは、ほとんどの場合、過去の記憶の中にしかないのだが、それでも、喪う度、どれほど自分がそれらを拠り所としていたのかを思い知らされる。
弟が死んだ後、犬を怖がることに意味が無くなった、と感じてぎょっとした。
4歳の弟が、アイヌ犬に頭を噛まれて血まみれになった冬の日以来、私はずっと犬が怖かった。
それが、ある日、弟が死んだのだから、もう犬を怖がらなくて良い、と思ったのだ。
この感情の流れは、どうやっても説明が付かない。
犬を怖いと思う気持ちが、弟との体験の共有であり、その体験まるごとを彼の死と共に葬ろうとしたのだろうか。
最近、また喪うことが続いていて、そんな私の心は、自分の存在が軽く扱われることにひどく敏感になっている。
自分の署名がないだけで、自分が消滅でもしたかのように感じるのだ。
それはちょっとした心理的パニックで、こういう反応が起こる毎に「自分の心こそ何よりも不可解だ」という事実を思い出すのである。
10年前に、歌に復帰したとき、ライブをお願いした。
とにかく、長く現場を離れていたので、知っている方に集まっていただいたということだった。他のメンバーは、ピアノの続木徹さんとベースの桜井郁夫さん。今思うと、おっそろしい組み合わせである。
まだ、20代の頃、一瞬古澤バンドにいたことがあり、それから数十年ぶりにライブをする段になって、はじめに会いたいドラマーが古澤さんだったのだ。
吉祥寺「のろ」での過去のライブ写真を見ると、なんで私が?と不思議な気持ちになる。
ぜんぜんはまってないっしょ。
結局、私は古澤音楽の要求には応えられなかっので、ゲストみたいに数回ライブでご一緒しただけになった。「できねー」と落ち込む私を見て、本多俊之が面白がった。くやしい。
古澤さんが亡くなった頃、私は幻聴を体験している。
夜中に布団に入って、まだ寝ていない感じの時、耳元で男の人の大きな声がした。
2フレーズくらい。
隣家で何か事件でも? と思ったが、隣家どころか、下の階からもこんな風に声が聞こえたことはない。
それでもこれほどの大声を出すなら、ひょっとして事件かも、と思いついて、枕元の時計を見た。
その数日後に訃報を聞いたのだ。
訃報を聞いてしばらくして、この幻聴のことを思い出した。
甘えっ子古澤、色々な人のところに出没したのかも。
私の周囲では、好ましい男性が次々と亡くなる。
それも若くして。
私の人生は、少しばかり喪失が多すぎる。
現在を生きているとばかり思っている自分が、何かを喪う度、深い不安に沈むのが分かる。
喪うものは、ほとんどの場合、過去の記憶の中にしかないのだが、それでも、喪う度、どれほど自分がそれらを拠り所としていたのかを思い知らされる。
弟が死んだ後、犬を怖がることに意味が無くなった、と感じてぎょっとした。
4歳の弟が、アイヌ犬に頭を噛まれて血まみれになった冬の日以来、私はずっと犬が怖かった。
それが、ある日、弟が死んだのだから、もう犬を怖がらなくて良い、と思ったのだ。
この感情の流れは、どうやっても説明が付かない。
犬を怖いと思う気持ちが、弟との体験の共有であり、その体験まるごとを彼の死と共に葬ろうとしたのだろうか。
最近、また喪うことが続いていて、そんな私の心は、自分の存在が軽く扱われることにひどく敏感になっている。
自分の署名がないだけで、自分が消滅でもしたかのように感じるのだ。
それはちょっとした心理的パニックで、こういう反応が起こる毎に「自分の心こそ何よりも不可解だ」という事実を思い出すのである。
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