昨日の日曜日夜、ETVでは、20時から日曜美術館「岡本太郎」、21時からN響アワー、震災チャリティー特別版で、ズビン・メータ指揮ベートーヴェンの第9交響曲@東京文化会館、22時から、イギリスに帰化した作家、カズオ・イシグロのドキュメンタリー「カズオ・イシグロを探して」。
岡本太郎については、縄文好きの私でも消化不良になっているため、パス。
第9は、テレビをオーディオのスピーカーに接続して聴いた。
普段なら、第9なんて、という気持ちがある。年末になると、あっちでもこっちでも、合唱好きな方々が集まって第9になってしまうので、それが私をひねくれさせる。
ズビン・メータ氏は、なぜ第9を選んだのか、この日の特別な演奏を聴いていくうちに、気持ちが伝わって来た。
演奏会の初めに黙禱があり、次いでバッハの管弦楽組曲、一般的には「G線上のアリア」として知られている曲が演奏された。これは、前説的なもの。一度会場を祈りの場所にしてから、第9に取り掛かる。
ズビン・メータはインド生まれ。イスラエル・フィルでの活動が知られている。
イスラエル・フィルは、世界の歴史や政治的問題を無視しては存在できないオーケストラだ。
イスラエルを建国したユダヤ人は、クラシック音楽界に於いて大きな勢力である。ハリウッド映画界が、ユダヤ人作家や監督たちによる戦争告発映画を多く作り出したと同様、ナチが利用したワーグナーの音楽をイスラエル・フィルが演奏するという、ヒリつくような挑戦もやる。
その存在と活動は、ぼんやりとただの娯楽として音楽を聴く姿勢しかない私の自我を逆撫でする。
サイードとバレンボイムの対談本までできるくらい、音楽界に於けるユダヤ民族と世界との相克は厳しく、芸術が政治という背景にどう挑戦すべきなのかが問い続けられる。
そういう国で音楽活動をしてきたのが、ズビン・メータである。
インタビューの画像でも、演奏前の聴衆に向けたコメントでも、メータの表情は「深い悲しみと人間の痛みを知る」人のものであった。
本当の表情だ、と私は感じた。
と言うか、メータの表情を見ながら、私は、「知る人」を感知できる自分を発見した、のだ。
最近、聖書を読んでいる。正確には、聖書を読み解くための本だが、それが大きく役立っている。長く、東洋人である自分の正邪の判断の置き所は仏教にあると決めてきたが、聖書の読み解きは、現在只今の自分には、大きな力になる。
日本人は、一神教を採り入れない。採り入れないくせに、全能の父を仮定する。
仮定するばかりで採り入れないのだから、その座は空虚であり、空虚であるために手を伸ばしても何も掴めず、それを裏切りと感じて怒る。
テレビでワーワー政治家や機関のせいにして非難の言葉を吐き続けるのが、これらの人々。
日本人の何割かを占める特徴的心性である。
何かに頼りたかったら、それなりのお布施を致しなさい、と思ったりする。
お布施をするのだから、責任持って頼りになる存在でいておくれ、というのが正しい誓願である。
頼りになるとは、助けてくれる、ということではない。
自分が正しい道を進もうとするときに、デカダンスやニヒリズムに沈まない、謂わばつっかえ棒になってくれる「何ものか」のことだ。正しく生き延びようとする精神を放棄させない存在のことだ。
メータの選んだ音楽が第9であったのは、今が未だ悼むときではないからだった。
レクイエムではない、今はまだ。
怒りを以て力に変え、それを糧に前に進め。
メータは、人の心に力を喚起させたかったみたいだ。
ズビン・メータは、お布施をしても、信頼しても裏切られ、傷つくのが人間だということを知っているみたいだった。
傷つき続けるからこそ、次の瞬間に進むためのわずかな力を、音楽を通して宇宙から貰うのだ。
芸術というのは、外からは見えない心の中の複雑で豊かな成り立ちを外に出して分かち合う装置だ。
恐怖、怒り、慟哭、願い、希望何でも、その微妙な細部に分け入って取り出し、昇華させ、誰もが、自分の心中にもそれが確かにあるという、静かな共鳴を感じさせるものが、私たちには必要だから。
もうひとつ。
演奏家たちは、音楽を学ぶにあたり、その発祥の地の文化を深く知ろうとする。
歴史、言語、環境、慣習。
かつて国境はどうであったのか。
その地はいかなる様子であったのか。
政治は、人々の暮らしは、金銭感覚は、楽しみは...。
それらを学び、書物や楽譜を通して音楽の息吹、リズム、感性を呼び戻し掴み取ろうとする。
当初の動機が良い演奏のためだったとしても、その想いと行為は、遠い国の人々をどれほど意識させ、理解させることか。
音楽というひとつの扉から入って、演奏家たちは、身近から遙か遠く離れた土地の、遙か昔にまで旅を続けているのだ。
私はジャズやロックを通してアメリカに触れ、レイシズムについて随分考えた。
移民の国であるがために、独自の文化を創作せざるを得ないアメリカの、世界に向けた文化戦略。
文化戦略の背景にある世界との闘争、人種間の闘争。
アフリカ系だけでなく、アングロサクソンからイタリア系まで参戦してのジャズ界に於ける勢力争い。
人種間抗争、縄張り争い。
そしてその混沌としたアメリカから世界に発信される文化。
文化による侵略、植民地化などという考え方、見え方。
そこから敷衍される、自分が、日本語で歌わないことの理由。
私は、ひとつの音楽ジャンルを通して、深く自分のことを考えたようだ。
そういったことをつらつら考えながら、熱の籠もった第9を聴いていた。
それに続いて、文学の宝、カズオ・イシグロが映し出される。
自国語で歌わない私と、ついに英国に帰化してしまったカズオ・イシグロ。
一人の人間を魅了する異国の文化とその風景については、またいずれ改めて...。
岡本太郎については、縄文好きの私でも消化不良になっているため、パス。
第9は、テレビをオーディオのスピーカーに接続して聴いた。
普段なら、第9なんて、という気持ちがある。年末になると、あっちでもこっちでも、合唱好きな方々が集まって第9になってしまうので、それが私をひねくれさせる。
ズビン・メータ氏は、なぜ第9を選んだのか、この日の特別な演奏を聴いていくうちに、気持ちが伝わって来た。
演奏会の初めに黙禱があり、次いでバッハの管弦楽組曲、一般的には「G線上のアリア」として知られている曲が演奏された。これは、前説的なもの。一度会場を祈りの場所にしてから、第9に取り掛かる。
ズビン・メータはインド生まれ。イスラエル・フィルでの活動が知られている。
イスラエル・フィルは、世界の歴史や政治的問題を無視しては存在できないオーケストラだ。
イスラエルを建国したユダヤ人は、クラシック音楽界に於いて大きな勢力である。ハリウッド映画界が、ユダヤ人作家や監督たちによる戦争告発映画を多く作り出したと同様、ナチが利用したワーグナーの音楽をイスラエル・フィルが演奏するという、ヒリつくような挑戦もやる。
その存在と活動は、ぼんやりとただの娯楽として音楽を聴く姿勢しかない私の自我を逆撫でする。
サイードとバレンボイムの対談本までできるくらい、音楽界に於けるユダヤ民族と世界との相克は厳しく、芸術が政治という背景にどう挑戦すべきなのかが問い続けられる。
そういう国で音楽活動をしてきたのが、ズビン・メータである。
インタビューの画像でも、演奏前の聴衆に向けたコメントでも、メータの表情は「深い悲しみと人間の痛みを知る」人のものであった。
本当の表情だ、と私は感じた。
と言うか、メータの表情を見ながら、私は、「知る人」を感知できる自分を発見した、のだ。
最近、聖書を読んでいる。正確には、聖書を読み解くための本だが、それが大きく役立っている。長く、東洋人である自分の正邪の判断の置き所は仏教にあると決めてきたが、聖書の読み解きは、現在只今の自分には、大きな力になる。
日本人は、一神教を採り入れない。採り入れないくせに、全能の父を仮定する。
仮定するばかりで採り入れないのだから、その座は空虚であり、空虚であるために手を伸ばしても何も掴めず、それを裏切りと感じて怒る。
テレビでワーワー政治家や機関のせいにして非難の言葉を吐き続けるのが、これらの人々。
日本人の何割かを占める特徴的心性である。
何かに頼りたかったら、それなりのお布施を致しなさい、と思ったりする。
お布施をするのだから、責任持って頼りになる存在でいておくれ、というのが正しい誓願である。
頼りになるとは、助けてくれる、ということではない。
自分が正しい道を進もうとするときに、デカダンスやニヒリズムに沈まない、謂わばつっかえ棒になってくれる「何ものか」のことだ。正しく生き延びようとする精神を放棄させない存在のことだ。
メータの選んだ音楽が第9であったのは、今が未だ悼むときではないからだった。
レクイエムではない、今はまだ。
怒りを以て力に変え、それを糧に前に進め。
メータは、人の心に力を喚起させたかったみたいだ。
ズビン・メータは、お布施をしても、信頼しても裏切られ、傷つくのが人間だということを知っているみたいだった。
傷つき続けるからこそ、次の瞬間に進むためのわずかな力を、音楽を通して宇宙から貰うのだ。
芸術というのは、外からは見えない心の中の複雑で豊かな成り立ちを外に出して分かち合う装置だ。
恐怖、怒り、慟哭、願い、希望何でも、その微妙な細部に分け入って取り出し、昇華させ、誰もが、自分の心中にもそれが確かにあるという、静かな共鳴を感じさせるものが、私たちには必要だから。
もうひとつ。
演奏家たちは、音楽を学ぶにあたり、その発祥の地の文化を深く知ろうとする。
歴史、言語、環境、慣習。
かつて国境はどうであったのか。
その地はいかなる様子であったのか。
政治は、人々の暮らしは、金銭感覚は、楽しみは...。
それらを学び、書物や楽譜を通して音楽の息吹、リズム、感性を呼び戻し掴み取ろうとする。
当初の動機が良い演奏のためだったとしても、その想いと行為は、遠い国の人々をどれほど意識させ、理解させることか。
音楽というひとつの扉から入って、演奏家たちは、身近から遙か遠く離れた土地の、遙か昔にまで旅を続けているのだ。
私はジャズやロックを通してアメリカに触れ、レイシズムについて随分考えた。
移民の国であるがために、独自の文化を創作せざるを得ないアメリカの、世界に向けた文化戦略。
文化戦略の背景にある世界との闘争、人種間の闘争。
アフリカ系だけでなく、アングロサクソンからイタリア系まで参戦してのジャズ界に於ける勢力争い。
人種間抗争、縄張り争い。
そしてその混沌としたアメリカから世界に発信される文化。
文化による侵略、植民地化などという考え方、見え方。
そこから敷衍される、自分が、日本語で歌わないことの理由。
私は、ひとつの音楽ジャンルを通して、深く自分のことを考えたようだ。
そういったことをつらつら考えながら、熱の籠もった第9を聴いていた。
それに続いて、文学の宝、カズオ・イシグロが映し出される。
自国語で歌わない私と、ついに英国に帰化してしまったカズオ・イシグロ。
一人の人間を魅了する異国の文化とその風景については、またいずれ改めて...。
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