ZoolooZ 第3曲目

user-pic
0
本日は、第3曲目です。
作曲・編曲  松下誠
誠さんとは、もう30数年にわたる付き合いですが、本当にたまにしか合いません。
いつも忙しそうです。
今は、徳永英明のツアーを回っています。
才能溢れる 作・編曲家、ギタリスト、ボーカリストです。

このテキストは、最初に書いたもので、これ以後全曲を書くきっかけになりました。
Isn't It Easy? =「簡単じゃね?」
という若者言葉が頭に浮かび、それじゃ書こう、と思いました。

3.Isn't it Easy

 

 宙返りができるか否か、という問題だった。

助走してでも、立っているその場ででもどっちでも良いけれど、とにかく、僕らにも宙返りができるか否かが問題だったのだ。

 小五になった春、転校してきた高木が体育の時間にみんなの前でやって見せた。

何を、って、助走無し宙返りさ。

それまで、側転ぐらいは誰でもやるけど、宙返りは無理っしょ、というのが共通認識だった。

 それが、体育の時間に先生に呼ばれた高木が、助走も何もなく、浮き上がったか伸びたかしたかと思うと次の瞬間、マットの上に、ふわっと一回転して降りた。みんなびっくりして息を呑み、それから放流された稚魚みたいに、わーわー騒いだ。


 「グル」ってのは、高木の絶妙なる宙返りを見てから後に、クラスの坂本が彼につけた渾名だ。魔法のように空中をぐるっと回れるからね、って坂本は言ったけど、偉いお坊さんである「導師」って意味もある。僕がネットでその言葉をぐぐってから、坂本に真相を訊いてみたけど、あいつはちょっとイヤそうな顔をしただけで、返事をしなかった。

 坂本は父親が大学の教授だから、小学生のくせに、世界中の色々なことを知っていた。噂では、坂本の家には日々、外人ばっかりが訪ねて行くそうだ。本を一杯読む上に、色々な国の人たちから裏情報なんかが聞ける訳だから、どうしたって、学校の教師よりはずっと、世界の事情に精通していたはずなんだ。

 けれど、坂本はそれを鼻にかけていると感づかれるのが嫌みたいだった。その用心深さは、負けず嫌いで自慢大好きの僕などには、全然理解できない種類の態度だった。

 授業中、坂本の本性に気づかない先生は、自分の知っていることを自慢げに長々と喋ったりするのだが、そういうとき、彼の横顔をチラ見すると、時々頬が紅潮していた。見てきたように嘘ばかり言う先生に腹立ててんだろうな、でも坂本は知ったかぶりと思われるのが嫌いだから、唇を噛んで怒りを押しとどめているんだと、僕はそう思っていた。


 この前、久し振りに坂本に会った時そのことを思い出して「小学生の時、よく先生に怒ってたよな」と質すと、「いや、恥じてたんだ」と答えやがった。どういうんだろ。

 さて、宙返り師のグルこと高木君は、小五で大阪から転校してきた。背がすごく小さくて、痩せていて、しかも坊主頭だった。もし、あんなに上手く宙返りができなかったら、必ずや一休とか、あるいは猿系の渾名がついていたに違いない。でも、グルの宙返りはお笑い系の渾名をつけるにはあまりにも、何というか、崇高でファンタジックだったのだ。

 「高木君は、大阪で体操クラブに所属していました」と先生が説明した。そのシンプルすぎる広告宣伝がみんなの納得を引き出す間、グルはただ、無表情に突っ立っていた。花冷えの冷たい風がぴゅうと吹いて、半袖短パンから出た彼の細い手足は白く粉を吹いていた。


 助走無し宙返りの興奮は、教室に戻っても熱を帯びていた。しかし、次の授業がはじまると、まり先生は、春休みに去年の津波で被害に遭った町でしたボランティア活動のことを話し出した。授業に入る前に、ほんの少しだけ話そうとしたのかも知れない。けれど、やがて先生の口は止まらなくなって、ついに一限まるまるが先生の悲嘆と慨嘆で終わった。

 みんな、しいんとしていた。何度見聞きしても薄れない、被害の苛酷さに対する悲しい気持ちを掻き立てられてみると、さっきまで宙返りに拍手していた自分たちの、罪はないにせよ、無邪気さが、どことなく無思慮な振る舞いに感じられたのだ。


 その休み時間に「宙返りの方が上等だぜ」と坂本が呟いた。そしてすぐに「そうだ。高木君をグルって呼ぼう。ぐるっと回るグルだ」。その時、僕には上等って意味は全然分かりづらかった。「なにそれ」と眉をしかめて訊くと、坂本は頬を紅潮させてこう言ったのだ。「誰かの悲しみを代弁するより、ただ宙返りする方が数段上等じゃね」。

 僕は、坂本のことを案じた。今からそんなに利口で大丈夫なんだろうか。

「できるもんなのかな。宙返りするって」

「かなりむずいはず」

僕と坂本は、しばらくの間、休み時間になると体育館のマットの上で宙返りを試み、十日目に諦めた。


グルは、みんなに宙返りをせがまれているうちに髪が伸び、いつの間にかみんなと同じような風貌になって宙返りも飽きられ、やがて普通の中学生になった。

 


トラックバック(0)

トラックバックURL: http://tadakyo.web5.jp/mt/mt-tb.cgi/206

コメントする

このブログ記事について

このページは、kyokotadaが2011年5月11日 15:13に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「仕事すること休むこと」です。

次のブログ記事は「ZoolooZ 第4曲目」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。