本日は、第5曲目
「M7」 加藤崇之 作曲
M7には、加藤の他のアルバムで、アレンジの異なる「デジャ・ヴ」というタイトルもある。
M7は、Music7の意味らしく、タイトルをつける以前、アレンジ以前の楽譜が皆に配られたために、それがそのまま確認もされずに採用された。
この曲では、ベースとドラムが血相変えているところが可笑しい。
楽しそうだ。
そして、私がディレクション上、冗長だと感じて切り詰めようとした部分、メンバーの抵抗にあったため仕返しに自分のヴォイスを入れてしまった。なかなか良い仕上がり。
5.M7
暗闇だった。
何日も前から、ここには誰も訪ねてこない。
私は、ただひとり、暗闇の中で静かに呼吸している。
たしか、数日前に長く続く振動があった。
30分か40分。
地下で、遮音されているこの部屋にいると、爆撃も雷も地震も、同じように微細な振動としか感じられない。長く続いたその時間を考慮すると、振動は自然災害以外の出来事だろうと推定された。
もっとも、爆撃はいつ起きてもおかしくない状況だった。世界中がそうであるように...。
ここの主は、その際に怪我をしたか、悪くすると死亡したのかも知れない。振動以前は、彼が休むことなど一日たりとも無かった。そして、ここには、私を観察する人々がひっきりなしに訪れていた。
平均すると、一日に五、六人。
毎日、顔ぶれは変わり、時には写真も撮られた。
「少し、成長したようですね」
「規則的な呼吸が続いている。植物ではない、ということでしょうか...」
人々は一人残らず白い服を、糊を効かせたナプキンのような、皺を伸ばした木綿の上着を、それぞれの身長に合わせて着ていた。
それから、マスクをしていた。鼻の高さに合わせて、高く低く調節した不織布のマスク。
私から見えるのは、彼らの目元だけだ。
男女の別、そして背丈の高低くらいしか、彼らを識別する情報はない。
どの見学者にも親切だった主は、男性で、白髪、眼鏡をかけていた。
声は低く、ややかすれ気味。たくさんの見学者が彼に質問するせいで、その声はいつも過労気味だったのだ。
「M7は、M1からM55まである全サンプルの中で、唯一生命体としての機能を持ち始めたサンプルです。他のサンプルと全く同一の条件下で保存してあった訳ですが、M7のみが生命となった。ただし、生命を得た、あるいは生命となった瞬間、あるいはそれ以前のどの時点に特異な条件が与えられたのかについては、残念ながら未だ分かっていません。現在、それを追跡中です。もし、M7の生命誕生の条件と特定される事実が見つかれば、つまり、変異の条件として特定されれば、以後の生命工学分野にとてつもない進歩をもたらすこととなるのです」
観察者達は、主の説明を聞くやいなや、始めとはまた違った好奇心で私を見つめる。どうかすると、この瞬間にも、その変異をもたらす何物かに遭遇できるかも知れないと期待しているかのように。
私は今、暗闇の中で考えている。
なぜこうなってしまったかを、だ。
主の言う、変異とか、特異な条件とかではないのだ。
私は、じつは間違ってここにいるだけなのだ。
名前は、田中守。
ヘッドフォンでメディテーション用の音楽を聴いているうちに体から魂が抜け出した。幽体離脱キットだったから当然なのだが...。あんまり楽しいので、ふと思い立ってフラフラと隣に建つ謎めいた会社に忍び込んだ。正直、ずっと気になっていたのだ。生命の開発を手がけている会社と聞いて...。
確かに、冷蔵庫からシャーレを取り出しては、電子顕微鏡で覗くことを繰り返していた。電磁波、温度、湿度、気圧と、様々な環境をシミュレーションする器機がずらりと並ぶ。
楽しく見物するうち喉が渇いていることに気づいた。幽体なのに喉が渇く。不思議なものだが、その時は大して気にならなかった。見ると純水の瓶がある。主がその瓶の蓋を取り、シャーレの蓋を洗おうとしたとき、私はその一滴に向かって口を開いた。
私は水を飲もうとしたのだ。
けれど、気がつくと私はシャーレのひとつに閉じこめられていた。
私の幽体は、慌てるあまり、シャーレの中の寒天様の物体に片足を突っ込んでしまったのだ。
片足は、瞬時に寒天に置き換わった。そして数時間のうちに全身が...。
それから何週間も、私はこのシャーレに閉じこめられることになった。
主は、戻ってくるのだろうか。
振動で冷蔵庫の扉が開き、投げ出されて数日間冷蔵庫の外に放置されているせいで、私の増殖は加速度を増している。シャーレはとっくに破壊され、私の意識を持つ寒天的生命体は、間もなく実験室の壁に届くほど大きくなってしまったようだ。
私は成長を続ける。そして、暗闇は続く。
暗闇が破られる日は来るのだろうか。
もし、私の体が壁を破れば、外気と光が私を開放する。
寒天である私は、その中で生き延びられるのだろうか。
恐らく私の元々の体など、とっくに損なわれて無くなっているはずなのだし。
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