なんでもじぶんが、という傾向

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お答えしたがる癖の次は、なんでも自分ひとりでしようとする癖について。
自立ということを目指した、フェミニズムの時代というものが私の中にもあり、ほとんどのことは自分でやらねば、と思った。
経済的にも、子育ても、仕事も、悩みの解消も、「自己管理」あるいは「自己実現」という素晴らしい幻想の上で懸命にその顕現を追求していたわけだ。
そして今となると、「んなもの、あるわけないっしょ」である。
他の女性は、ただの推測に過ぎないが、夫に稼いでもらい、親に援助してもらい、子どもを甘やかし、自分をラクさせる、という閾値が私の3倍くらいはあるような気がする。
私は、自分で稼いで、親からは勘当され、子どもは世間の風に晒しまくり、自分はストイックという、坊さんのような人生である。
はたして、子どもたちは良く勉強してるし、麗しいほどに働いてるし、自分も好きなことをして満足しているので問題はないかのようだ。
だが、「甘える」とか、「ぺろっと舌を出す」とか、「嘘をついて振り回す」とかいうコケットが私には足りない。
それをしたい。
無い物ねだりは、願っているうちに次第に内在化され、私の元々の願望を成就させるはずだ。
もう、やるべき事はすべてしたし、後は寝て待てだ。

と、今日の午前中に考えていた。

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このページは、kyokotadaが2011年7月 7日 12:54に書いたブログ記事です。

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