「Africa」 多田文信作曲 多田鏡子作詞
ギターのループである。
松下が4小節くらい録音したのを延々とループさせている。
加藤はそれを、ずーっと弾いていると思い込んでいた。
「リピートさせてるんだよ」と言ったら、「じゃ松下君は何してたの?」
始まりの意味不明なMCは、デザイナーnicoが、録音当時発刊となっていた私の著書「音楽記号事典」のどこかを朗読し、それを逆回転させたもの。
歌詞は、東北弁をベースに、何語でもない掛け声となるよう心がけて作ってある。
こういう歌詞に驚く人もいる、今でも...。
エンジニアの福島浩和も面白がって、鳥の鳴き声とかを入れてくれた。
しかし、動物の鳴き声に聞こえるのは、じつは加藤のギターなんである。
7.Africa
アフリカが好きだというと、彼女は「どのアフリカ?」と横目で聞いてきた。「どの、って広大で動物がいてさ...」
「やっぱりね...」
彼女は、腰掛けている石段から下に伸びている膝下の長い、ても、ちょっと太い脚をブラブラさせながらそう言うと、不満そうに、あらぬ方に視線を移した。
僕の話題に納得行かない時、彼女はいつもそういう態度を取る。
アフリカと言えば、キリンと象とシマウマだ、と僕は思っていた。テレビの動物番組で見るライオンの家族とか、そのライオンに狩られる草食動物のオカピとか、さらにその様子を見物するために乗るジープとか、行く手に広がるどこまでも青い空、バオバブの木。
「そういうのは、ケニアの保護地区だけなんじゃないの」
そう彼女は言うのだ。
「アフリカの中のほんの一部でしょ。それって京都だけ見て、日本のお寺、舞子ワンダフルとか言う外国人と一緒だよ」
僕は黙るしかない。
指摘されないと、僕は暇つぶしに眺めるテレビから受け取った情報を鵜呑みにして、よく考えもせずに好みを形成しているに過ぎない、ということすら気づけないのだ。
彼女は、僕の従妹だ。
父の妹の娘。
歳は、僕よりひとつ下。
父の妹、つまり僕の叔母さんは、彼女が小学生の時に病気で亡くなった。そして彼女は一人っ子だ。
叔父さんは仕事が途方もなく忙しい。おまけにしばしば海外出張がある。長期の出張になると、彼女はいつも僕の家に泊まりに来る。今は就職して一人暮らしをしている僕の姉さんが使っていた部屋を、今は彼女の部屋ということにしているのだ。
「アフリカって、ヨーロッパの植民地だった頃の負の遺産をずっと引きずっているのよね」
中学生に相応しい発言だ。
「確かに、保護地区の動物たちは絶滅危惧種も多くて、世界中で保護しなくてはならない状況にあるのだけど、その動物を保護する予算と同じ額のお金があれば、伝染病で命を落とすアフリカの赤ん坊をたくさん救えるのよ」
僕は、じっと下を向く。
「私、いつもそういうことを考えるの。生きている人と死ななくてはならない人のこと。日本にいれば、赤ん坊が死なないのが普通。アフリカでは普通じゃない」
彼女は、きっと亡くなったお母さんのことを考えているんだ、と思った。亡くなるのが、なぜ、他でもない、彼女のお母さんでなくてはならなかったのか。
「ごめんね、ぜんぜん楽しくない話し方で。でも、この頃、暢気な話聞くと、すごく傷ついた気持ちになるんだ」
謝られて一層、悪いのは僕の方なんだ、と思った。彼女を気の毒に思う心がどこかにあって、だから軽く励まそうとするのだが、できるだけ楽しい話をして彼女を励まそうとするのだが、どういう訳か、頭はやたら軽薄な方へと向かってしまう。
「でも」
彼女は、頬に微かなえくぼを作って僕を見た。
「アフリカの音楽は好きよ。大地の匂いがするっていうか」
彼女は脚をブラブラさせ、踵でリズミカルに石段を打つ。
ズスッ、ズスッ、ズッ、ズッ。
「いつか、市の公会堂で、アフリカからの留学生たちが民族衣装を着て音楽と踊りを見せてくれたの。大きな太鼓とか打楽器たくさん使って。コーラスが素晴らしいの。バラバラに勝手に歌っているようで、どこかですごく合うのよね。
自然の音がするの。動物もいるみたいな...」
「どこの国の人たちなんだろう」
「セネガルだって」
「セネガル」
僕は心の中で何度もその国の名前を繰り返した。僕の愛するアフリカは、今日からケニアでなくセネガルに変わらなくてはならない。セネガルのことをたくさん知れば知るほど、彼女が淋しさや哀しみから立ち直る助けになるかも知れないではないか。それとも、これからいつも、僕がどこかでふと今日のことを思い出し、「セネガル」と唱えれば、遠くにいる彼女の心がそれを感じて暖かくなるかも知れない。
僕はいつしか、アフリカの他の国々のことも、もっときちんと知らなくてはと、無邪気にもほんのり考えたのだった。
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