適応の深層

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書店に行くと、ビジネス本とかハウツー本とかいうものがあって、それを読むとビジネスに成功したり、夢が実現したりするそうである。
するそうである、の意味は、ポップや帯にそう書いてある、というほどの意味だが、そうなんだそうである。

長く、フリーのライターをやっていたが、その系統の書き物には何故か縁がなかった。
「あなたの恋愛を成就させます」 とか
「新しい自分に出会えます」など
自己啓発的な文章を書く方向に誘われたことがない。

音楽の解説や入門書などは随分書いた。
まったくの駆け出しの頃は、美容、健康、育児、旅行、料理、占い、園芸、歴史、なんでもやった。
新聞系の時事評論なんかもやらせてもらったことがある。

しかし、「あなたの幸せを約束する」系は、ついに一度もやらなかった。
ゴーストライターとしての仕事もなかった。

望まないものはやって来ない。
これは、適応の結果ではないか、とふと思う。
適応、という機制は、個の環境に対する働きかけだという一面もあるが、もうひとつ、内的適応というものもある。
それが、望まないことはやって来ない、という結果に繋がる。

自分の心をよく観察すると、
お金がないないと言いながら、お金儲けをしたくないという強い欲求がある。
ライブにたくさん人が来てくれると良いとか、本が売れてくれると良いと思いつつ、一方では有名になると色々めんどくさい、という拒否感がある。

恵まれない、と感じていた時期もある。
こんなに頑張っているのに、どうしてこうも実入りが少ないのだろうか、と嘆いたこともある。
しかし、冷静に考えると、子どもが3人もいてそれぞれ自立し、自分は歌を歌っても、文章を書いてもお金が頂けて、夫に頼らず生活でき、会社があって面白い仕事をし、性格の良い生徒さんたちに恵まれて、いつもお土産のお菓子を食べて太り...と。
良いことずくめなのかも知れないのだ。

とにかく、無事に子どもたちが育ち切った、というのは僥倖である。
自分が好きな仕事しかせず、偏ったオタクな母親だったにも拘わらず、それでもみんな無事に大人になってくれた、というのは凄い。
振り返れば、どれほど気力体力財力を注いだか。
もしかして、それだけのことを自分に振り向けたら、すごい遊べたかも知れないし、歌手として大成していたかも知れない。
が、私はやっぱり子どもを育てる方を取った。
それで自分が得たものは、半端な成功とかお金では得られないものばかりだった。

子どもたちが家を出て、夫と二人になり、その夫が仕事で数日留守にしたとき、わたしは良く眠れなくなった。
みんながいるときは、家は狭くて、風呂は満員で、洗濯も食器洗いも山のようでうんざりしていたが、その家は、一人になると広すぎて静かすぎた。
何より、一人は本当に不安なのだ。
私は人にとても気を使うというか、感応しやすいタチなので、一人になる気楽さを楽しみにするのだ。けれどじつは、めんどくさい手のかかる人のいることが、一方で安心を含んでもいる。
家族とは、そういうものらしい。

私の適応機制は、誰もがそうなのだが、もっぱら自分の安心のために働いた。
その内容は、自分の家族に支えられるのが最適であると察知して、家族を存在させ、精一杯慈しみ、いつでも安心できる空間を引き寄せられる保証のために生きる、ということだった。

周囲の人々が私の働き方や行動を見るにつけ、不可解だと仰るのは、それが社会的でなく個人的欲求に従っているからなのではないか。
ビジネス本やハウツー本はどうしても、社会に適応する方向を描く。
多くの著者は、社会的成功によって内的適応を実現した希有な方々である。
希有だからこそ、「本を書きませんか」とお願いされるのだよ。
ほとんどの人々は、有名著者と同じ方法では環境にも内面にも適応できないはずだ。

程度問題ではあるが、時には内的適応を優先しないと人間は壊れるものなのだ。
自分とは異なる人々の成功方法は、自分には向かないことが多い。
私の場合底流に、仕事以上に家族によって安心したい事情があるために、このような仕事の仕方になっている。
それは、仕事の成功にはほとんど結びつかないのだが、毎日の成功には結びついている。

ついでに言うと、自分の弱点やトラウマを知ると、少し自由になる。
それに気をつけるべきだと分かると、それ以前よりは少し安心を増すことができるようになるのだ。



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このページは、kyokotadaが2011年6月 7日 12:09に書いたブログ記事です。

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