馬子唄かな、と思い。
作曲 多田文信
夫は、岩手県花巻市出身
言わずと知れた、宮沢賢治の故郷。
子どもたちを連れて、何度も訪れた。
賢治記念館、花巻温泉、南部曲がり屋、遠野...。
震災で東北が痛んでいる。
東北の人々は、力強く、我慢強い。
愛情深く、面倒見が良い。
東北の人には、ついぞ騙されたことがない。
この曲『望郷』は、花巻に捧げられている。
だから、詩にした。
8.望郷
風が凍っていた。
冷気はすべての頬と指先目がけて集まり、
溜まったままとどまり、
やがて痛みに変わって心を苛んだ。
風は細かな針のようにきらきらと輝いて、
心ない踊り子のように吹く風の形に舞い、
苛立つと渦巻いて駆け上がり、
そのまま次の村まで流れて行く。
地吹雪は、脛を凍らせる。
鼻から猛然と白い息を吐く馬の踝と膝を凍らせる。
馬橇は馬の力に運命を託し、
ひっそりと厚い毛布にくるまって座りこむ母娘を曳いて行く。
田舎は、かつてそんな風だった。
冬の間、
吹雪は絶え間なく地平を覆い、
容赦ない冷たさと激しさで人々の行く手を遮ったものだ。
秋の終わりに急いで仕込まれる干した野菜と塩漬けの野菜。
干した魚と塩漬けの魚。
寡黙で勤勉な馬だけが自然の中で人の味方のように思われた。
だから南部曲屋では人の続きとして馬が養われた。
馬と神は続いていて、
恩寵を忘れるとすぐに召し上げられる。
伝説で馬は妖精となって、
女を連れ去る。
故郷では己の無力が自覚された。
自然の中で無邪気を究めようとすれば、
何を成し遂げる暇もなく、
ただ無力を抱いて死ぬこととなる。
無邪気は甘い蜜の味。
けれど、
大人の陰に隠れる限り、
己の冬は越せない。
誰もが日々、山の機嫌を窺い、
森の意向を探って恐る恐る暮らしている。
自然の中で、人は自分が一人の歩哨でしかないことを、
神に祈るという担保なしには、
勇気すら抱けない歩哨であることを突きつけられる。
橇は、深雪の上を滑るように進む。
雪に埋もれる馬の脛は、力一杯引き上げられ、
次の深雪に向かって投げ出される。
その絶え間のない苦闘。
私は謙虚にも、
はじめは馬と同等になることを、
その絶え間ない苦闘を受け入れる精神を養うために旅立った。
いずれは、父と同等の歩哨となるためにも、
凍りつく故郷を出たのだった。
自然は、世の果てまでくまなく地平を覆っていた。
闘いは、どの時間にも途切れることなく続いていた。
勝ち負けではなく、ただ生き延びること。
生き延びること、生き延びること。
そして今、私は故郷を想い、故郷を想い、故郷を想う。
長い冬と、凍りつく厳寒に閉ざされてさらに強い、故郷を想う。
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