会った人: 2011年3月アーカイブ

オタクな人

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世間一般のほとんどの人には知られていないが、じつはプロの間では根強い人気あるいは賞賛を浴びているアーティスト、というジャンル(?)がある。
先日、国立のノートランクスというライブハウスで、中堅のプレイヤー達による「パスコアール」だけ演奏するユニットというのを聴いた。
最初は、ピアニスト浅川太平君を聴きに行こうとしたのだ。彼は、スタジオ・トライブのスタインウエイをえらく気に入って、トリオのレコーディングに使ってくれた。札幌出身ということもあり、ライブを聴く機会を探していたのだ。他のメンバーは、と見ると、数回共演したことのある、フルートの太田朱美、ドラムの竹下宗男と、知り合いばかり。これはぜひ、ということになったのだった。

ところで、ブラジルの奇才エルメート・パスコアールは、私が大学のジャズ研にいた頃から触れている、とてもおかしな音楽家。よく、フランク・ザッパとパスコアールを並べて聴き、どっちがヘンか較べてみよう、みたいなことをして遊んだ。
具体的に、どのようにヘンかと言うと、「こう来るだろう」という予想、クリシェを裏切り続けるところだろうか。リズムは大方変拍子。メロディーも、句読点のないだらだらした長文のようだったり、音痴な鳥の囀りのようだったり。
つまり、アバンギャルドなリズムに、現代音楽と民族音楽とジャズのテイストが、脈絡を裏切り続けたいだけかも知れない情熱に饒舌に支えられながら、てんこ盛りに注ぎ込まれている、という...あぁ、くどい...音楽なのである。

そのユニットを率いているギタリストこそが、本日のお題。
大変にオタクな人だ。
ギターのプレイも、体型佇まいも、先に述べたパスコアールのどうしようもない楽曲を完コピして楽譜にし、ちょっと見せてもらったが、南部せんべいの散らばった黒ごまのような、しかし全然色気のない書かれ方をした音符とコードネームの形がまた、ぐっと来る、どうしてこんなことばかりして生きていられるの?...な人なんである。

演奏中は、ソロ取る人に合図を出し、ルバート部分では指揮をし、MCもこなし、そして休憩時間は、ずっと喋っている。
ジャズ界の情報とか、ジャズ界の歴史とか、ジャズ界の逸話とか、ジャズ界のライブ内容についてとか、ジャズ界の...。

その彼、MCで「今日のお客さんでパスコアール好きだという方」と言うので、私、手を挙げてみた。
彼はやや憤然とした様子。居てはならないパスコアール好き。
正しい対応は、「えっ、パスコアールって誰ですか? 知らなかったなぁ、いたんですね、そういう人、すごいなぁ」である。
休憩時間に、「パスコアールってか、フローラが好きなんで、ジスモンチなんかと一緒に良く入っているでしょ」と弁明してみた。
彼は、私と目を合わせない。
ただし、口は、ひっきりなしに動いている。
ジャズ界の動向とか、ジャズ界とブラジル音楽の関係とか、ジャズ界の...。
そして、そわそわとする。
居てはならないパスコアール好きの私は、それでもわざと、話しかける。
「私、最初に見た外タレが、チックと来たエアートでしたから」
彼、更に向こうを向く。
オタクな人は、友好を望む人と目を合わすと死ぬ、と思っているらしい。

そう言えば、彼、なんて名前なんだろうか。
訊くのを忘れた。


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