余裕がないときは、本が読めない。
それほど頭の中がいっぱいになる。
本を開いて、文字を追うけれど、読めない、もしくは頭に入らないので、「今は読まなくていい」と決めるのだ。
頭の中がいっぱいになっているかどうかをはかるテストみたいだ。
そして、そういう日々にはよく眠れない。
夜中まで、何を考えるともなく起きている。
本は読めないので、ただじっと、眠くなるまで待っている。
暗闇で、天井を見つめて、あるいは目を閉じてじっと待っている。
身体や心、それから頭も、ほとんど自分の思うようになんてならない。
思いがけず緊張したり、怖れたり、怒ったり、逆に馬鹿笑いしたりする。
笑いながら、「これホントに私?」と訝っている。
私は、あまり私のことを知らないのかもしれない。
何をどう感じているのかも、それが何故なのかも、今後どう変わるのかも、ほとんど何も分からないのだ。
そういうことを、文脈にまとめて、ひとつのストーリーに変えてみる。
そのやり方だけが、私らしいのかもしれない。
休むことが苦手だった。
休むということの本質や効用についてほとんど何も知らなかった。
それが今、やっと少し分かるようになった。
休むとは、自分の疲れを正しく捉えることだ。
そして、それを癒すことを浪費と思わないこと。
上手に休めたことを喜ぶこと。
今日はやっと、少し本が読めそうな気がする。
それほど頭の中がいっぱいになる。
本を開いて、文字を追うけれど、読めない、もしくは頭に入らないので、「今は読まなくていい」と決めるのだ。
頭の中がいっぱいになっているかどうかをはかるテストみたいだ。
そして、そういう日々にはよく眠れない。
夜中まで、何を考えるともなく起きている。
本は読めないので、ただじっと、眠くなるまで待っている。
暗闇で、天井を見つめて、あるいは目を閉じてじっと待っている。
身体や心、それから頭も、ほとんど自分の思うようになんてならない。
思いがけず緊張したり、怖れたり、怒ったり、逆に馬鹿笑いしたりする。
笑いながら、「これホントに私?」と訝っている。
私は、あまり私のことを知らないのかもしれない。
何をどう感じているのかも、それが何故なのかも、今後どう変わるのかも、ほとんど何も分からないのだ。
そういうことを、文脈にまとめて、ひとつのストーリーに変えてみる。
そのやり方だけが、私らしいのかもしれない。
休むことが苦手だった。
休むということの本質や効用についてほとんど何も知らなかった。
それが今、やっと少し分かるようになった。
休むとは、自分の疲れを正しく捉えることだ。
そして、それを癒すことを浪費と思わないこと。
上手に休めたことを喜ぶこと。
今日はやっと、少し本が読めそうな気がする。
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