音楽は商売か

user-pic
0
貨幣が存在するから、値段というものがある。
買い物に行って、「好きに値段つけて良いですよ」と言われる商品には、ますお目にかからない。
けれど、ストリートで演奏したり、ライブハウスで演奏したりすると、「投げ銭」というものがあるのだ。
聴いた人が勝手に値段をつける。
値段は0がほとんど。
屋内だと、ワンコインとかも。

仕事のコスト、人件費とか交通費、機材費などは初めから持ち出し覚悟で、いくらかでも懐に余裕のある人が、気に入ってお金を投げ入れてくれればラッキー。
その運もないと、全くの赤字になる。

音楽業界は、そこそこ名前が通っていれば食べていけなくはない、と思う。
けれど、かつてのようなビッグビジネスは成り立ちにくい状況になっているとも思う。
継続的に売れて、大きいライブを打っていたとしても、ミュージシャンやスタッフが受け取るものはとても少ない。もちろん、印税で潤う人もいるが、全体の中ではごく少ないと言って良い。

先日読んだ記事では、CDなどは無料で手渡し、それをサンプルとして配信で買って貰うか、ライブに来て貰う方式が一般的になるだろうという意見。

といっても、私にはそれが目新しいものではなく、兼ねてからジャズの人たちは、ほとんどそれに近い活動形式だったと思う。
様々なミュージシャンと繋がって、縦横無尽にユニットとなり、定期・不定期のライブを全国各地で続ける。自分がリーダーになったアルバムを手売りする。
それこそ経費を除けば、トントンか、やや利益が出る程度。
それでも、仕事は充実していて、自分の成長やたくさんの人との交流など、必ず受け取れるものがある。
だから続いているのだとは思うが。

いったい、音楽は商売になるものだろうかと、いつもうっすらと考えている。
レーベルなんか運営していると、メジャーレーベルや流通、メディア方面との付き合いもあり、いずれも余裕綽々とはなっていないのが現実。

ライブは必ずしもギャラを当てにできない。
だから私は、教室と執筆、制作の仕事で生活を支えながら、やりたいライブだけをする方針だ。
そして、その際には共演してくれる演奏専業の方たちに、少ないながらもギャラの保証をする。
ボーカリストがなかなか育たないのは、そういうコスト・リスクの大きさもある。

音楽が好きで、趣味にしてもかなり時間を割いて取り組んでいる人は大勢いる。
みんなが、楽しく音楽できると良いな、と考える。
時々、学生時代に、ゼミのフィールドワークで行ったバリ島のことを思い出す。
昼間は普通に仕事をして、夜はアーティストになる。
ゼミの担当教授はクラシック音楽や文学が大好きな方だったので、バリ人の生き方を絶賛していた。
当時は、そのことの価値がよく分からなかった。
何しろ、昼間は学生で夜は歌手だったから、そのまま、その理想を実践していたわけで。
けれど、今となっては、日本も多くの人がバリ方式にすれば良いのではないか、と考える。
音楽や他の芸能を生活の糧にできなくても、手放さず、素人芸ではない領域を目指す。
それをライフワークにする。
昼は一般人、夜と休日はアーティスト。

音楽家はいつも、自分の醸し出す音楽や、指導の技量に対し、自分で値段をつけている。
なかなかしんどいことだ。
けれど、才能や実力は自然と周囲に伝わるので、本当に優れた人は生活できるようになる。
音楽が商売になるかどうかは、それで生きていこうとした人がどこまで音楽を続けられるかの結果がそのまま答えなのだ。
儲かりはしないけれど、それで生きていくのは不可能ではない。
工夫次第で、音楽は小商い程度に、商売にもなる。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://tadakyo.web5.jp/mt/mt-tb.cgi/291

コメントする

このブログ記事について

このページは、kyokotadaが2012年6月 1日 11:54に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「蒲団内作詞行動」です。

次のブログ記事は「吉井博士と宇宙の話」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。