2012年5月アーカイブ

蒲団内作詞行動

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リハとコーラス指導連チャンで随分疲れたので、蒲団に入って本を読み、寝落ちしていたら、息子が夜中に帰ってきて、飯は食うわ、風呂には入るわでうるさい。
うとうとした時分に起こされると、やや1時間は寝られなくなる。
そういう時、必ずライブのことなど考えている。

夕べは、「ワンノートサンバ」に作詞することを考えた。
蒲団内作詞。
これがなかなか良いのである。
昼間、日常業務をこなしている時には出てこないような、なかなか緩くて楽しい言葉が色々登場する。
起きてメモしたくなったが、それは億劫なので、またいつか思い出したら書いておこう。

蒲団の中にいると、別の発想が生まれる。
全体、余白だからか。

これが成功したら、次は「八月の水」。
英語やポル語でだらだらと続く曲はぜひ日本語でやるに限る。

そして今日はまた、コーラス指導昼の部編だが、昨日夜更かししたせいで結構眠い。
このごろは、うつらうつらと暮らしている。
もんやり〜。
絶叫型ボーカルは止めて、うろ〜んとしたボサノヴァなどいたします。
「暇だ...」
と感じている。
しかし、書くべき原稿は幾つもあり、おまけに明日ゲラが上がってくる。
2週間で戻してください、とのことだ。
夏の終わりには書店に並べたいということ。

毎日、数時間生徒のボーカル・レッスンをしている。
そして、行かなくてはならないライブも多々ある。

あ、週末に自分のライブもある。
選曲と楽譜書きがあり、それをまだサボっている。

つまり、やるべきことの切羽詰まり方が実感されていない。
ひたすらぼーっとしている。
ほとんど、痴呆状態。

時々、血圧が上がった時に、脳の血管から出血して細胞が死んだんではなかろうか、と考える。
それを言い訳にできないだろうか、と考える。

予定をすっ飛ばしたとき、歌詞を忘れたとき、手配違いがあったとき、いちいち、病気のせいにするのはどうか。

それにしても、昔はひとつでも締め切りが有れば、血相変えて取り組んでいたものだが、この変わり様は何だろう。
単に年齢を重ねたからなのだろうか。
やっぱりどこか血管が切れてしまったのだろうか。
MRIには映らなかった、自分に都合良くものを忘れがちになるという、脳の部位にじわっと出血している気がする。

しかし、6月中旬は娘の結婚式で1週間ハワイなので、その前までには周囲に迷惑をかけない程度には仕事を片付けておきたい。
いや、おきたいではなく、片付ける。

と書きながら、雷雨になるっていってるから、そろそろ帰りたいな、と何の仕事もしていないのに考えている自分がおる。
いやはや、どうも、困りましたな。

日本的ピッチ?

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テレビコマーシャルで、美空ひばりの歌う「Fascination(魅惑のワルツ)」が流れてきた。
上手い。
が、ピッチのとり方が、邦楽だ。
曖昧なフラット気味なトーンからしゃくり上げて正当なピッチにする。
演歌の歌手は、ほとんどがこのピッチのとり方。
そうでないと、演歌に聞こえない。

けれど、洋楽ではこの逆で、ブルースなどでも、高めのピッチからひずませて下げるのは有りだが、低めから持ち上げることはあまりしない気がする。
ブルースにしても、良く聞くと、味を出すときのピッチは高めだ。

演歌のしゃくり上げ歌い。
日本人の自己主張がこの形かも。
最初は小出しに辺りの様子を伺いつつ、徐々に我を出しはじめる。
低めに出てから正確なピッチに上げる感じ。

これも文化かな。
でも、民謡の人たちは総じてピッチが高いのよ。

演歌の歌い方が、どのように確立したのか、知ってる人いますか?
それこそが、ひばり様だったりして!!

気づくと、大昔の自分の失言や失敗を思い出して、不快になっている。
この数日、特にそれが起こる。
そんなこと、誰も覚えていないだろ、と思いながら、でも、私だってそれで誰かを判断したことがいくらでもあったし、と考え直して、改めてがっかりしたり。
失言は何故するのか分からないときに、うっかりやっている。
心理学的には、怒りが別の形をとって出るからと考えるけれど、怒りがない人など居なくて、それで、みんなそれなりに色々失言はしているのかも知れない。

人間なら、そんなこといくらでもしているのだが、現在只今に影響のないことでも、何故かそれを思い出し、反芻して、何度も悔やんでしまう時って、心の中で何が起きてるのかな。

その苦い思いとか、残念な気持ちとか、取り返しの無さを切なく考えている自分がいる。

今、ここで何かが起きているのだろう。
きっとまだ、形にはならないけれど心配なこととか、気にしないようにしている問題とかがあるんだろうな。

今までの経験からすると、とても嫌な感じがする事柄が、その後の濃いご縁に繋がって、結果とても良い関係に育ったこともある。
私の中で、不安と捉えられることが、実は出来事が大きく展開する予兆だったりもするのだろうか。

そういえば、震災の日、午前11時半くらいに、理由も何もなく突然泣いた。
奈落の底に落ちたような不安が襲ってきて、顔を覆って泣いた。
気のせいだと思い、体調が悪いのかとも思い、おやつを食べてみたりした。

あれ、何だったのだろう。
午前中から小津映画である。
息子が日本映画の授業を取っていて、レポートを書くために観ていたのだが、横で眺めるうちに思わず引き込まれて全部観。

私の生きた昭和の半ばは、こんな風だった。
戦後がまだ終わりきらず、その中で廃れていった人と、波に乗れた人。
手近な収入の道を探し、こじんまりとした商売に生きる人。
団地と核家族の始まり。

アングルはやはり低い。
人物が画面の真ん中に肖像画のように居る。
台詞は棒読みでオウム返し。
表情すらないのだが、なぜだか内面は恐ろしくリアルに伝わってくる。

ほとんどの俳優、女優の名前を知っている自分に驚く。
杉村春子、この役だったのか。

何度か観ているはずなのだが、あまり熱心に観たことがなかったのだろう。
息子は、主役級の三人のおじさんの話しぶりを聞いて「高校生か」と呟いている。
確かに、今時の人々の話しように比べると、単純至極。
しかし、友情や思いやり、互いの人生の孤独や厳しさに対しての批評はなかなかだ。

この頃はまだ、人生には自分ひとりの力ではどうしようもないことが多いと知っていた。
家族にしても、友だちにしても、境遇にしても、縁談や仕事にしても。
自分ひとりの力では判断できないこと、引き寄せられない縁など。
だから、家族の意見に耳を傾けたり、その中で精一杯自己主張もしてみたり。

この時代の人々は、ひとりの人間のサイズは、こんなものだろうと、どこかで悟っていただろうか。
悟っていたとすれば、それは、小津自身なのだが。

どこかで他人を頼り、預けてしまうこと。
建前としてはひとりで立つのだが、ふらついたときに、サッとかおずおずかは別として、必ず差し出される手があること。

今で言う、セイフティーネットの姿が、まだ人の手の形であった時代の、窮屈で制限に満ちてはいるが、多く有機的だった時代の切り取り画。

住み込みの従業員がたくさんいた自営の家で、大人数で育った私にも、あの頃の人々がそれと知らずに持っていた、人に対する安心が、形を保ちながら残っていると、ふと気づく。

そう、かつての安心は、物を持つとか立場があることではなく、人と居るということの方にあった。

仕事の顔つき

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自由業や自営業には定年がない。
私の年齢では、ほとんどの人がまだ仕事を続けているが、女性の場合は様々な理由で早期退職した人たちがいる。
いちばんの理由は老親や家族の介護。
次に健康や精神的な理由。
いずれにしても、仕事を辞めるにはそれなりの原資が必要で、日銭で暮らしている場合には全く選択の余地などない。

この頃、仕事を減らしている。
私の場合は健康上の理由だが、減らすと気力も無くなる感じがしている。
特に困っているのは、視力で、年末から見えなかった部分は回復したのに、歪みや飛蚊症がしつこく残っている。
そのうちレーザー治療などしなくてはならないだろう。
それだって、もっと派手な外科手術が必要な病に比べれば、それこそ蚊の刺した程度に過ぎない。

人は何のために働くのかと、若い人などは考えるだろうか。
息子は単に生活費を稼ぐには就職せねばならないと、何の抵抗もなく試験を受けて面接を受けて、内定を貰ったり、落ちたりしている。
内定を頂けた会社のランクを、日経の「人気企業ランキング」で確認して、おっ、悪くないぞと呟いたりしている。
それは、私にはとても尊敬できる態度だ。
妄想的な希望を持たない代わり、仕事に対する無意味な絶望や諦念も感じられない。
ただ、これまで先達たちによって蓄積された仕事の一端に着くという決意。
とりあえずはできるだけ大きいところに入ってみて、体験したいという健康な欲求。

私には、その自然体が好ましい。
私の時は、そうはいかなかった。
親の仕事は兄と弟が継いだが、ふたりとも、不平不満文句たらたらで、ついに若くして亡くなったり事業を捨ててしまう結果となった。
私は、罵られ馬鹿にされつつ、自分の好きなことに突き進んだ。
けれどそれも、妙に肩に力が入っていてあまり格好良くない。
固い壁にガシガシぶつかりまくっての後にある今日。
すると、やはり疲労感がどっと来ている。

仕事辞めて、娘たちと孫と暮らしたいなどと夢見る。
孫はまだいないが、人生の仕上げは孫を可愛がることだと決めている。
けれど、会社はとても上手く回っている。
これまで頑張った甲斐があったのか、ご褒美みたいに仕事のオファーが来て、刺激満載。
けれど、身体がなかなか動かない。

そのうち回復するのか、この程度のままか、さらに下降線なのか。
よく分からないが、できることはゆっくりやりつつ、ついにもう駄目という地点まで行くのだろう。
それがどの辺りなのか、ついその辺なのか、ずっと先なのか。

苛酷にすぎて、いつ倒れてもおかしくないくらい懸命に突っ張って生きながらえていた時期からすると、現在からこの先の見え方には大いなる変化がある。
スムーズでなくても、躓きながらでも、まあ、終わりまでてくてく行きましょう、ということで。
仕事に顔つきというものがあるとすれば、以前は夜叉、比べて今は布袋さんみたいな感じだ。
いえ、ギタリストのあの方ではなく、七福神の方。
ぼってりして、やに下がって、無責任な、あの布袋さんのこと。



普段は、あまり喋らない。
どちらかというと聞き役。
レッスンの生徒さんたちも、息せき切って駆け込んできて、ひとしきり近況報告をしてから、落ち着いて発声など始める人が多い。

喋りたいのだ。
女性が数人寄ると、ずーっと喋っている。
私は立場上、つまりレッスン料を頂いている場面では、その時間に無駄なお喋りは出来ない。
普段の集まりでも、専門的な話を出さないように、いつも相手の出方を見てから話題を選ぶ癖がついている。

私としては、喋っていい時間帯が来れば自分の話を始めよう、まずは切羽詰まって喋りたいこと満載の人に先発を譲ろう、という気持ちなのだが。
意外に、喋っている人々には、時間を譲られている、という感覚はないようなのだ。
喋りたいから喋って何が悪いの? え?
という風情。
それで結局、まずはあなたの話を聞きましょう、という気遣いしているうちに数時間の場が終わってしまうことが多くなる。
まず喋る、という人々は、聞いて差し上げている人が、譲っているのではない、と、逆に、喋りたいことがそれほどないのだろう、と思うらしい。
これは、都合の良い考え方だが、世間に蔓延している。

喋り倒す人は、自己愛が強い。
つまり、集中欲求だ。
そして、自分についての話は、みんな面白いはずだと、どこかで勘違いしている。
根本は淋しいんだな。

その淋しさは、解消するために何かすればいい、という種類のものでもない。
それは心の奥底の深ーい部分で、満たされていない何かのせいである。
シンプルに言えば、親に愛されなかった感じとか、兄弟姉妹に対する劣等感とかなのだが、大人になろうが老境に入ろうが、その淋しさはいつも、他人との付き合いの中で解消されたがって吹き出してくるようだ。

喋っている間、みんなが相づちを打ったり、適当な返事をしてくれるのが至福の時間だ。
万が一、その間に誰かの気が逸れたりすると、また深く傷つくことになる。
何よあの人、人の話も聞かないで、失礼じゃないこと?
大方、自分を棚に上げまくって、息巻く。
深く傷ついたとき、それが自分の撒いた種だとは思えず、それをまた相手の無礼に還元して、とことん自分を守る。
これは誰にでも起こる常套手段だけれど。

そういうのが人間らしい在り方だ、と肯定するのか。
その淋しさを自覚して、人付き合いの祭のマナーに活かすのかは、人それぞれ。

でも、自分の淋しさに気づいて、淋しい気持ちに面と向かうと、驚くほど救われるのよね。




頭の中がぐるぐるしている。
原因は、発散型の仕事が少ないということかも知れない。
ゲラ読みとか、書類作成とか、企画検討とか、ライブのメニュー選択とアレンジとか、色々あるが全体に鬱屈気味。こういうときは、ばかばかしい話がうまいミュージシャンとかとご飯食べながら大笑いするのが良いのだが、この季節、みんなツアーに出ている。

それでも、ぐるぐるするほど仕事のネタがあるのは素晴らしいと思う。
お茶を引く暇がない。
次はこれ、その次はあれ。
まだできていないことばかり数えてしまう。
いっこずつ潰すしかないぞ。

焦っているかといえば、そうでもないし、実際焦らなくてはならないことはそう多くはない気がする。
気がするのは、心が嘘をついていて、じつは焦った方が良いこともある。
けれど、焦ると事をし損じる。
待ちの姿勢が良い。

こういうときは、ぐるぐる模様を図にしてみると良いのだ。
図にして上から眺めてみる。
できれば彩色もする。
すると、わりと納得する。

「私の現在」というタイトルにする。

人を見損なう、ということがある。
「見損なったよ」という劇の台詞は、「思ってたより全然駄目じゃん」という相手に対する捨て台詞だったりするが、その逆で、その人の持つ能力を見切れなかった、ということもある。
今日はそっちの話。

みんなにそれぞれ違う能力があって、自分にない能力に関しては、どれほどのもんか分からない。
分からないので、すごく失礼しちゃう危険がある。
おやじバンドで気の毒なほど下手にギターを弾いている人が、仕事となると大きい会社の実力有る重役だったりする。
どっちで対応したらいいのか、少し悩む。

音楽の場面では、私は「先生」と呼ばれて尊重されるが、別の場面だとただの貧乏人でしかない。
何の保証もない社会的弱者だ。
人を捉えるときは、その人の生成要素をつぶさに知らないと難しい。

生成要素には、その人の歴史が関わっている。
どんな生い立ちか、どの時代に生きたか、どんな場所で生まれ育ったか、どんな家庭だったかなど。

中には、驚くほどの逆境で生きている人もいる。
よくぞご無事で、と駆け寄りたくなるような。

生きた歴史による影響と、職業による専門化などは、ともにその環境を生きのびるために身についたことだ。
そしてそれが、別の場面では理解されがたい場合もある。

ちゃらい、とうるさがられる人は優秀な営業マンであるかも知れない。
無口で偏屈といわれる人は、裁判官かも知れない。

人の偏りは、生きのびようとしたときに生まれる。
環境に適応していくうちに、生きのびやすい形に偏っていく。
自分が持って生まれたものとフィット感があるところは、とくに肥大する。

だから、人は本当に色々。

ひどく了見の狭い人、いつも人を肴に罵ったり、くさしたりしている人々。
たいてい、世間の狭い人で、自分と違う行動をする人は全部ヘンだ、と信じている。
生活に変化がない場合、社会的な苦労をしていない場合にそうなりやすい。
人をくさすのは時間潰しで害はない。

でも、仕事となるとそうはいかない。
自分には予測のつかないことを次々する人に対して、あの人何でああなんだろう、と思うとき、その人の歴史を知りたくなる。
どこかで、特殊な適応の仕方を身につけたに違いないのだ。
そこを理解できると、ビッグバンが起きることもある。

そして思う。
どんなに特殊な方法であれ、生きのびて今日有ることは素晴らしいことなのだ。
挫けないで、今日まで生きのびていることは、素晴らしい。

その生きのび方の様々を描くのが、文学だろうと私は思う。
思いつく限りの生きのび方を記録してあれば、どうして良いか分からなくなった未来の人を、偶然に救うことが出来るかも知れない。
ふと、人間は間違いだらけなものだ、という正解にたどり着いた。
色々、間違うので、予防したり、避けようとしたりするが、そうすればまた別な文脈の間違いが起こる。
みんなで「間違ったでしょ」とか、「いや、そうでもないのでは」とか、「絶対許せん」とか、「まあまあ、そう仰らず広い心で」などと言い合う。
物事の是非の判断は、とことんつき難く、正解と言われることもその都度変わる。

ただし、人が死ぬとみんな結構うろたえて、自分を責めたり相手を責めたり、多いに反省したりはする。
けれど、人の死亡率も100%なので、理由はどうあれ一度は死ぬのだった。

間違いだと思って誰かを責めたくなる。
それが辛い。
責めたくなる自分が辛い。
間違いだなんて、つゆほども思っていない相手に対しては、さらに上げた手のやり場すらない。
怒りは空中に放られ、行き場もないのでいつまでも頭の周囲をぐるぐる回るしかないのだ。

間違いのレベルも、人によって様々で、いつかこうゆっていたから、これについては間違いだとゆうことが分かる人なのだろうと予測して付き合うと、全然そんなことはない場合も多々ある。

基準が分からない。
何を以て是非の判断をつけ、憤慨して見せているのか、全く謎な人々。

周囲のほとんどがそういう人な場合、こちらの頭は混乱し放題だ。
しかし、相手からすれば、こちらの基準も混乱もよく分からない、言わばヒトゴトである。
「なんかよくわかんなーい」
以上、であったりする。

つまり、人はそれぞれ自分だけの基準で「良い」とか「悪い」とか、「気分良し」とか「ムカつく」と感じているだけなんである。
自分の不快を、人のせいにしてわずかばかり溜飲を下げながら日を暮らすだけなんである。

できれば、この世は間違いだらけで、この先も永遠に間違いだらけが続く、と思っていた方がいい。
そして、それらの膨大な間違いを正す暇はない。
この間違いを正している間にも、さっさと次の間違いが育っている。
味噌汁の味付けを直している間に、サンマが焦げている感じだ。

だから、適切な振る舞いとしては、自分以外の人がやることに関しては、なにひとつ正そうとせず、彼らの意外性に富んだ間違いぶりを楽しく観察するのがいい。
正さないでいると、時には、自分が間違いだと判断したことが、そのまま、気づかれずにスルーされていくのを目撃できたりする。
つまり、間違いっぽいことが、目に見える事件や瑕疵になるか否かは、ひたすら運次第ということなのだ。

どこかで薄々それを感じ取っているから、みんな、宝くじを買ったり、神社で柏手を打ってみたりするらしい。
「運」は、良いときも悪いときもある。
しかし、良い運が、いつまでも良いままというわけにも行かない。
運が良すぎると、次の普通な時を運が悪いと見なし、そのために鬱になったりするのだ。

今の世の中の、誰が正解かを当てましょう的なゲームは、いつ頃どうやって形成されたんでしょうね。
誰かが必ず正しいはずだ、と考えるのは、相当程度の悪い妄想だと思うんだが。
時々、テレビかなぁ、それに先立つ新聞かなぁ、とか思うのだが。
要は、自分の代わりに考えて正解を言ってくれる存在を、ハートの中に隠し持っている、ということなんだけど。
それが、でっかいテレビ画面に映し出されるはずだと、どこかで思い込まされてしまったようなんだよね。

というようなことを、いつもため息をついて、自分以外の人々が出来が良くないために、世の中がこんな風なんじゃないの、って言いたそうなニュースキャスターを見て思った。

教えたがり、ということを自覚していたので、長く自重してきたのだ。
もちろん、レッスンはそれ自体が「教える」仕事なので、色々工夫している。
問題は日常で、努めて教えたがりが表に出ないように気をつけている。

私は説教とか蘊蓄とかご託を並べる人が大嫌い。
もちろん、実体験を、こちらの反応を考慮しながら話してくれる人はいい。
こちらが聞きたいポイントを汲み取って、過不足なくコメントしてくれる場合はさらに尊敬。

だが、垂れ流し的に、あれ知ってる、これ識ってるとだらだらやられた日にゃ、席を蹴って帰りたくなる。
私が酒の席が嫌いなのは、それも理由のひとつ。

一見、地味なおばさんなので甘く見られるのか、私からすると中味の無い、下らない話題を延々聞かされたり、駄洒落ばかりの会話に巻き込まれることがある。
時間がもったいなくてお尻がむずむずする。

もちろん、酒の席でも、目がランランとなるような面白い話題ばっかりな場所もある。
ユーモアとか、鋭い分析とか、珍しいエピソードとか。
笑いすぎて、腹が痛くなる。
それもこれも、人によりけり。
何らか、修羅場をくぐった人たちは、やっぱりすごく面白い。

その、面白い系の話をしながら若い人たちに色々なことを教えたいと思うようになった。
それで、Jazz Vocal Cafeという、勉強会を始めている。
先日で1クール終わったが、ジャズの歴史、楽譜やコードの話、アップテンポの取り組み、スローナンバーの取り組み、ボイトレ、アーティキュレーションなど、歴史や文化的背景、音楽理論、リズムの多様性、ハーモナイズ、ピッチ、フィジカルなどについて、ボーカルに必要なことを基礎から詳しく解説する。

ちょうど、私が生きた時代は、音楽産業が最も革命的だった時期。
ジャズもロックも、その周辺の音楽もハイレベルで革新的だった。
次々、聴いたこともないようなアイディアに満ちた音楽が生まれ、カリスマが生まれ、まだ母胎となる前世代のアーティストも生きていて、生で伝説的な人の演奏をたくさん聴いた。

レコード、ウォークマン、CD、i-tune。
レコーディングも、16トラックの分厚いテープを切り貼りする時代から、デジタル、宅録に至るまで、変遷に次ぐ変遷。

学生時代、アメリカ返りの先輩から借りて、聴きまくった現地仕入れのLPレコード。
読みまくった音楽雑誌。
やがて始めたクラシック音楽の勉強と執筆。
手がけるたくさんの種類の音楽。

それらついて、識っているところを教えたい。
これは、私の勝手なお節介だ。
お節介なんだが、強要はしていない。
「良いことだと思ってやる」だけである。
歌うことが好きなだけで座学なんて嫌だという人も多い中、少しずつ「面白い」と言ってくれる生徒が増えてきた。

普段の実技のレッスン中には、時間が足りなくて触れたくても触れられないあれこれを、別なフェーズを設定して、少しずつ伝えている。

私はいつも識りたがりで、「目から鱗」のことがあると大感激するタチだ。
別々の方角からもたらされたことが繋がったときの「やった!」感は格別である。
こういう楽しみ方があったのか、と発見していただけたら、もう他に言うことはない。


このところ、自分の周囲に厚い雲みたいな雰囲気のものがあって、それがいつも綿あめみたいに私を包んでいる。
例えばそのものを、「もんわり」と名づけてみる。
仕事をしていて、以前なら異常に集中してやっていた種類のこと。
頭も気持ちも、とんがって、キンキンするような体感でやっていたことをはじめると、それがクッションのように厚くなって、感性が鈍くなる。
逆に、以前なら少し距離が感じられて、それは話として聞いておくよ、みたいなことに対して、「もんわり」が開かれるようなのだ。
「もんわり」は、過剰から心や身体を防御するかわり、別なルートに開かれるときは霧が晴れるように道を空けて、気持ちを導いてくれる。

この頃読んでいる本は、比較宗教学とか歴史認識なんかに関する本が多い。
心理学は、個人の喜怒哀楽の変動についての学問だけれど、主体、つまり自己と認識される「私」を取り巻く環境とか、状況を知るには、繰り返し、これまで学習してきたことの総ざらえが必要なのだ。
その祭、最近書かれた話題の本のいくつかは、歴史として編纂された情報の中に埋没してきた身体性とか土着性を掘り起こしていて興味深い。

日本という国が何なのか、とか、日本人と呼ばれている人々の成り立ちについて、とか。

「もんわり」の厚みとか色とかに導かれて、いろいろに考え方が変わるし、やりたいことが変わる。
すると、自分が向かう方向とか、目に見えない力の動き方が感じられてくる。

だから、その不思議な「もんわり」は、精神のさなぎみたいなものかも知れないと気づく。
病気も含め、さなぎが遮断や変成のための防衛機制だとすれば、少しは得心がいく。

ここ数年、自分にとっての不思議なことが起こり続けるのは、別のベクトルを持つ何かに触れるようになったからなのかもしれない。
「もんわり」は、そこからもたらされた私への報せだ。


日本は平和だな、という思いは、原発がはねている現在だと当たっていないのかも知れない。
けれど、ヨーロッパとかアメリカから届く小説やドラマを見ていると、日本に於ける日常の平和度はすごいと感じてしまう。もちろん、フィクションを見て、そのままそれが現実の日常を表しているとは言えないのだが、それにしても、テロリズムや移民問題、人種問題、銃社会など、現実的な脅威の絶対量が比較にならない感じがするのだ。

昨年の翻訳部門で本屋大賞の1位になったドイツの短編集『犯罪』と、それに続く第2弾『罪悪』。
著者は、法曹界の人なので、現実の事件をヒントにして構成しているのだが、そのいくつかの事件の背景に、移民との共生の困難が見え隠れする。
ヨーロッパは、フランスなども、かつての植民地から多くの移民を受け入れている。
人道的配慮から亡命者や難民の受け入れも多かった。
一時は、その方向性が先進的だったはずなのだが、国自体に余裕が無くなってきた途端に、はじき出される階層がはっきり見えてきた。
あくまでも、民意というよりは経済によるどうしようもないパイの取り合いで、それが人への抑圧となって悲劇的な事件が起きる。
犯罪は、その社会に対する愛着や感謝が失せた人々によって為され、突如のように凄絶な様相を見せる。

アメリカは、銃が全ての危機に絡んでいる。
犯罪チャンネルは、銃がなければ成り立たないほど、たくさんの犯罪と死を扱っている。
人種による謂われのない強迫や差別。
見ていると、良くこんなストレスフルな社会で正気を保っていられるものだ、と感心する。

いずれにしても、緊張度が高い。
日本の犯罪は、どんなにひどくても、どこまでも因果関係を追える感じがするが、欧米を見ていると突如として容赦ない、つまり不条理な犯罪に巻き込まれる度合いが高い気がする。
手段も容赦ない。

政府の要人や経済界の大物が爆破や銃で死んでゆくなんて、日本にいては実感が薄い。

日本は、原発が全部止まって、電力不足をどのように解釈するかの次元に入った。
電力が足りないための、つまり突如の停電に対策することが万遍なく行けば、ヒステリックにならず、何とか乗り越えられるのかと思う。

日本は、突如の暴力が少ないために、平和に生きていられることを前提として、電力をいっぱい使った安楽な日々を望んできた。
けれど、その平和に対する無邪気で無防備な信頼が、逆に取り返しようもない汚染や国土に対する自虐を発生させたのだ。

一体、政治というときの主体はどこにあるのか。
身を守るという、生物にあって当然の危機意識を薄れさせてくれるのが「良い国家」だと、みんなして政治に甘えかかったてきた気もする。
政治というか、政治家に。
甘えかかった私たちは、不条理な危機に直面しない代わりに、肩代わりしすぎて破綻してしまった政治のつけを支払うことになっている。
生きている国土、つまり自分たちが含まれる大地や大気を、安楽のためにとことん搾取すべき対象と考えがちな傲慢も、実のところ政治に対する以上に大いなる甘えだったのではなかろうか。
主体が、自覚的には個人の身体でしかないとき、それを生かす大地や大気は、他者となったのだろうか。暑ければ冷やし、寒ければ暖め、それというのも、年がら年中休み無く生産するため。

たくさん作って、たくさん消費して。
けれど、そのことばかりに忙しくて、子供を作ることはできなくなっている。
誰が何をどう勘違いしてきたのか。
それが知りたくて、考え続ける。
答えは出ないけれど、少しは反省の材料になる。
豊かで安楽で、楽しいということが最も重視される私の生きた時代。
運が良かったと、心底思いはするのだが...。


やっぱ休もう

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連休中は、会社に出ても電話もかからないだろうから、集中してゲラ読みをしてしまおうと思ったのだが、いったん休むことにしたからなのか、ぜーんぜんやる気が起きないのだった。

それで、CD聴いたり、ネット見てボーッとしている。
家にいると、ゴロゴロしているためか腰が痛くなりがちなので、外に出て立って歩く方が良いし、事務所の仕事椅子に座っている方がさらによいのだが、椅子のために会社に来ているというのも変な話だ。

連休に入って、家事はずいぶんやった。
水回りの掃除とか洗濯とか。
料理も色々作ったし。

飲酒をしない生活だから、結構暇があるのかな。
でも、病み上がりなので、ぼちぼちやるしかないか。

ハーブティーなど入れ、気を取り直して原稿に向かうも、やはり休みたくなっている。
やっぱ休もう。

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