アメリカの人々

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昨日のブログを見たら、トニー・ベネットがサニー・ベネットになっていました。
よりによってとんでもない所をミスっております。
何度か見返しているのですがねぇ。
すいません、訂正致しました。

さて、帰国してからもどうしても気になるのがやはりホームレス問題。
ホームレスとおもらいさん問題と言っても良い。
若い人でも、「お金を恵んで頂戴」と書いたダンボールを掲げ、カップを持って街角に立つ。
交差点で信号待ちしていると、「お金頂戴」と近づいて来る人もいる。
それは、日本人の目には絶えて久しい姿だ。
昨日も書いたように、その中にアジア系の人々は全くいない。

ヨーロッパでも同様に、アジア系のお乞食さんは珍しいらしい。
物乞いをするという行為について、抵抗感の量が異なるのだろうか。
あるいは、家族や民族内のセイフティネットの質が異なるとか。
落ちこぼさないように、抱え込んだり世話をするアジアの文化。

日本人は、多くの人々がほとんど収入差や生活レベルの差を気にしないで生きている。
私は大分貧乏をしたけれど、子どもを育てられないほどではなかった。
調べると、補助金や奨学金を願い出ることができ、希望の学校に進学させられた。
普通に働けば、子どもを学校に通わせ、毎日食事がとれて、寝る場所もある。
それがマジョリティだから、ネットカフェ難民とか、公園のビニールシートで生活する人々のことを普段は気にかけないでいられる。
たまに、その近くを通りかかって彼らの姿を目にしたり、テレビに取り上げられた時に知らされるくらいだ。
つまり、程度の差はあれ、先進国と呼ばれた国々では、最低限、人並みの暮らしをするために努力する土壌があるはずだ。
もっとも、現在では、ヨーロッパでもそれすら叶わない先進国が増えているようだが...。

アメリカは、世界一の国だから、何らかの決定的な原因に冒されなければ普通に生きられないはずがない。

最大の原因は、蔓延するドラッグだろう。
サンフランシスコの危険なストリートにたむろする人々は、ほとんどがドラッグ中毒だと言う。救命士が呼ばれて安アパートに踏み込むと、彼らはゴミとゴキブリの巣の中に倒れているそうだ。
子どもを養育できないほどに患った親から引き離されても、子どもたちもまた不遇の中で同じ道を辿ることが多い。
ひどいことには、生まれたときから中毒症状を起こしている「クラックベイビー」と呼ばれる赤ん坊もいる。

銃とドラッグが諸悪の根源だと、外からの目線では感じるけれど、そう簡単に根絶できない原因が多々あるのだろう。それのみで経済が循環する階層。それは、歴然とある格差の、底辺に沈む澱のような部分でやり取りされるものだ。
人は、乞食にも物を売る。
生活保護費すら巻き上げる。

聞くところによると、日本にも似たような事態があるそうだ。
金銭のやり取りの実相は、どの国でも階層に従って微妙に質を変える。
それら、まったくやるせない事実の、社会の表面への露出の仕方の違いもまた、文化と呼べるのかも知れないけれど。

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このページは、kyokotadaが2013年4月25日 12:13に書いたブログ記事です。

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