選挙当日、数日前から風邪で寝込んでいた息子は、夜の7時半になってから熱が下がってるからと投票に出かけた。
その後、テレビで結果を見て驚愕している。
彼の手元にあるスマートフォンでは、TweetでもFBでも別の世界観が流れていたらしい。
「自分がマイノリティだということが良く分かった」との感想。
私も若い頃は革命が起きてほしいと願っていた。
長い自民党主権政治を指して「55年体制」と言うが、55年生まれの私にはそれ以外の政権というものがしばらく間無かった。たまにあると、すぐ潰えた。
そして今思い返すと、自民党的体質を嫌悪したのは、政治の中身云々ではなく、もっと皮膚感覚的なもの。たとえば、自分の老いに対する恐怖だとか、延々と続く身もふたもない経済優先の日常とかに対する忌避とかだったのだろう、と推測される。
だいたい、若者は親のしたり顔が嫌いだ。
私のような夢見る人は、いつだって「そんな甘い考えで世の中渡っていけると思うなよ、勉強しろ」と叱られるのが常だった。
ただし、それに従って歯科医師や医者になった兄弟たちは勉強しすぎたせいか破滅してしまったが...。
人には程々ということがある。
子供だった私は、自民党体質と親の現実主義を重ねた。早く言えば「四の五の言わず実をとれ」ということだと思っていた。
目の前にある果実を取らずして、どうやって生きていけるのか、なりふり構わず働いて、人に先んじ得をとれ、実をとれ。
だがなぜか、実を取って子を守る両親の元で育つ坊ちゃん嬢ちゃんにはそういう世界観が我慢ならない。
「いやだわ、脂ぎってて、下品で」とかぬかしていたな。今ではちょっと恥ずかしい。
いずれにしても、選挙のような多くの人の意見が集約される案件に出会うと、息子ではないが自分が少数派だということを思い返す。
その弊害として、滅多に自分の意見を言わない、用心深い人間になっているのにも気づく。
ミュージシャンやクリエイターなどを職業としている人々は、そのことをいつも感じているはずだ。
自分の考え方や感性や生き方は、少数派なのだ、ということ。
だから、つい、同じ感性の人々と閉じた付き合いをしがちである。
そしてそれがあるべき世界だと勘違いする。
だからたまには、選挙で多数派の力というものを目の当たりにして覚醒した方が良い。
「思い出しました、私は少数派なんです」と。
結果、こんな国は嫌だと思うだろうか。
原発あっても良いと考える人が多数派なのか、と嘆くだろうか。
センスがないと、がっかりするだろうか。
けれど、自分は多数派とは別の視点や考え方を持って、我を通したからこその現在の職業なのではないか。彼の国では、リベラル政党はそういった職業の人々の集合体である。外から見ても分かりやすい。つまり、宗教感や帰属政党すら二極分化させて身分や所属を表明する。それは、多分に一神教的なのだが。
八百万の神がいる日本では、少しの考えの差でも袂を分かち、別政党を名乗ってみはするが、多数決の仕組みに破れて無惨に散っていく。
私たちは、では、何に対して操を立てているのか?
そう、まさに操を立ててているのだ。
周囲の既知の人々や、これまでの自分の来歴に対して、それを裏切れない思い。
それは、少数派がひどくナイーブな、周囲の圧力よりは自分の体感を信じる人々だからなのかも知れない。
思春期あたりから、私はいつも少数派の一員だ。
家族の中でも、地域でも、経済活動の中でも。
けれどそれは、いくら考えても、二項対立の一方でも、あるいは相対的なものではない。
あちらがいやだから反対の立場、ということではないのだ。
ただ、自分が人間としてどのような存在なのかを考えた挙げ句に取りたくなる態度が、知らず少数派になってしまうのである。
身体を感じる、とはそういうことだ。
集団になれない、ひとりとして。
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