いまやりたいことなど

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最近、「仕事」というものにすっかり飽きてしまっている自分に驚く。
「仕事」というのは、私の定義としては「お金を稼ぐこと」である。
同じく労働していても、家事とか育児とか冠婚葬祭雑務などはこれに入らない。
家庭の外から内に金銭を導入できるものが「仕事」である。

で、なぜ「仕事」に飽きてしまったかといえば、お金を稼ぐ、あるいは稼げる前提でやることがいまひとつ面白く感じられないからだ。
子供を育てていた時期には、そこに幾ばくかの現金がないとどうにもならないので、有無を言う暇もなく、ただひたすら「金、金」と我と我が身を洗脳していた。
「仕事」って自分を騙さないとなかなかできないような...。

本来、人は「お金」を得ることそのものよりは、人に喜んでもらったり、認めてもらったり、褒められたりするために働くのではないだろうか。
お客様や、家族に「ありがとう」とか「楽しかった」と言われたいがためにとても頑張るような気がする。
金銭的な価値よりは、心の充実や交流のために頑張る。
お金があると、家や自分の姿をきれいにできるし、見たいもの聴きたいものが手に入るし、美味しいものも食べられる。それを共有した時にみんなで嬉しい顔ができる。その幸福感が好きだから働く。
まあしかし、私の仕事は、全体から見るととても恵まれたもので、生徒さんや音楽仲間からいつも良い波長を頂ける。「あー楽しかった」とか「素敵な時間でした」と言って頂ける。「元気が出ました」とか「わくわくします」とも言って頂ける。本当に望んでもなかなか得られない境遇である。

けれど、最近どうも「仕事」と考えると途端にシラケる。魅力半減、つまらなくなってしまう。
どうも私のしていることは「仕事」じゃないみたいなんだよなぁ。
「仕事」としてやりたい訳じゃないんだよなぁ、たぶん。

理想としては、こちらは真剣に遊んでいるのだが、それが相手にとっては価値であり、それなりの対価を生むという状況。
 甘いかな。
「仕事」は仕事としてクールに取り組まなくてはならないのだろうか。

さて、そして私は現在、この年齢から、打ち込みを覚えようとしている。
どうしてもやってみたい。
ひとりでバンドサウンドを組み立ててみたい。
詞を書いては、レコーダーにフンフンと歌って溜めている。
それを素材に、「私の音楽」を作ってみたいのだ。

フリー時代も、会社を立ち上げてからも、事務仕事とか経理とかブッキングとか、何より「仕事」を作るための企画立案などに時間を割いて来た。けれど、もうそろそろ止めても良いんじゃないかな。つまらないと思った今、辞めても。

これらを行う大義名分は「私ももういい年齢だから」ということ。
モチベーションという単語、嫌いなんだが、仕事に対して、どうやらそういった種類のものが消えてしまったのかも知れない。

こうなったら、遊んでばかりいて、はた迷惑、そして意味不明なばあさんを目指すしかないな。みんなごめんね。大目に見て下さいませ。

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このブログ記事について

このページは、kyokotadaが2013年2月21日 13:15に書いたブログ記事です。

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