「かあちゃん、ペンデレツキ知ってる?」
「うん、現代音楽の作曲家だ、東欧の人だよ」
「じゃ、オンド・マルトノは?」
「知ってるよ、メシアンが使った楽器じゃなかったか?オルガンみたいな形している」
中三の息子が知るはずのない単語を次々発するので、何が起こったか、と驚いた。
ペンデレツキは、ポーランドの作曲家。オペラ『ラドゥンの悪魔』を書いた人として記憶にあった。
オンド・マルトノは、オリヴィア・メシアン の『トゥーランガリラ・シンフォニー』で使われていたような気がする。電子鍵盤楽器で1928年に発表された、いわばシンセサイザーの先駆けみたいな楽器のこと。
これらの言葉を彼がどこで仕入れてきたかというと、レディオ・ヘッドという、現在彼がもっとも気に入っているロック・バンドのインタビュー記事からであった。
そのバンドのメンバーがオンド・マルトノを使い、ペンデレツキなどを聴いているということなのである。
私は、一時クラシック音楽の入門書を書いていたので、良くその方面の調べものをしていた。当時は、ヤマハの講師の肩書きがあったので、目黒にある財団の地下資料室から好きなだけ本が借りられた。
何にでも突き進むたちなので、そこにあったクラシック関係の図書にはほとんど目を通す勢いだった。
調べものというのは、やっているうちにどんどん深みにはまる。
知らない作曲家や専門用語が出てくると、そのたびに調べないと気が済まなくなってくるのだ。
知識依存症というか、心理学でいえば「強迫的」な心理状態になっていくらしい。
思い返せば、毎週のように資料室に寄ってどっさり本を借り、その足で池尻大橋にある臨床心理学の研究所に通って精神医学の原書購読の勉強をしていた。
高校生を頭にした子ども3人の面倒を見て、メインにはフリーライターとヴォイス・トレーナーの仕事もしていたにもかかわらず、である。
いゃあ、タフだったなぁ!
そんな私なので、それらの単語が息子の口から出たなり、記憶回路が西欧音楽史の知識のパートにアクセスしてしまい、まあ、次から次から解説することすること。
だんだん興奮してきて、寝られなくなってしまいました。
最近は、歌ばかり歌っていたので、自分が色々なことを知っているという事実をすっかり忘れていました。
でも、訊かれるとすごく答えられたりする。
びっくり。
レディオ・ヘッドは他にも、好きな作家の話などしているらしく、そのお陰で息子は本を良く読むようになった。今は村上春樹を読んでいるらしい。
親の私は、「ちゃんとした本を読め」とすら子どもに言う暇もなくマニアックな世界に没頭していたわけだが、よそのお兄さんたちがちゃんと息子にモチベーションを与えてくれていたなんて。
有り難いことである。
ところで、以前「乱入者」で紹介したナイス・キャラの英語教師、りえちゃん。
息子が、「先生、ヴァン・ヘイレン知ってますか」と訊いたらば、
「ええ、知ってますともお。全部持ってますよ」
と、お答えになったとか。
なんて素敵な言葉遣いでしょうか。
「知ってますとも」
そして、
「そうですね、ちょっと昔の音楽を聞き込むというのは良いことです」
と続けたそうだ。
うーーん、なかなかできる。