kyokotada: 2013年12月アーカイブ

当社ホームページに、学生アーティストふたりのサイトを作りました。
石若駿は、東京藝術大学音楽部の打楽器科に在籍中。ドラム、パーカッションの素晴らしい才能がすでに注目の的です。

高橋佑成は、明治学院大学在学中。まだ19歳ですが、大器を感じさせる素晴らしいピアニストです。
ふたりとも、いかにも学生らしく、アメーバブログなどでライブ告知をしていましたが、活動の場が広がっている昨今、もっと見て頂けるページを提供しようと思い、制作致しました。

ふたりとも、ぜひ聴いてみて、驚いて頂きたい逸材です。
今後は、活動の様子、スケジュール、アーカイブなど、内容を充実させていく予定です。
動画や楽曲販売、試聴なども計画中。
どうぞよろしくお願いいたします。

私は、人を誉めるのが下手だ。
「良い」、と思ってもなかなか素直に口に出せない。
じつは、いつも結構感動して、どんなときも良い気持ちになっているのだが、それを言葉にするという発想が少ないみたいなのだ。

誉めすぎると、おだてているとか、褒め殺し、という言葉などが心をかすめる。
じつは、誉めるのはとても難しい。
子供は、誉めて伸ばすと言うけれど、誉められてこれで上出来と思って外界に出たら、お話にならない、鼻も引っかけられない、という事態も起きる。
厳しすぎると、強迫的に頑張りすぎて神経症的になったり、外界を憎むようになったりもする。どれほどやっても納得できず、自己否定し続ける不完全燃焼の人生に陥ってしまったり...。

誉める加減というものが難しい。
ひどく厳しい人に鍛えられながら、別の場所ではそれを客観的に示唆してくれ、がんばりを認め、時には受け止めて和ませてくれる人がいる、というのが理想的だ。
子育てしてみた私の感じでは、外界は厳しいもの、理不尽なものと位置づけて、家庭は緩く暖かい場所であるべきだ、と決めていた。
学校も会社も、それは厳しいに違いなく、友達関係もサークル活動だって、部分的には思うに任せない。けれど、家庭にはいつもご飯があって、温かい寝床があって、ボーッとできる時間がある。それが人を回復させる。そう信じてきた。

私自身は、たくさんのミュージシャンと一緒にいて、時には喧嘩したり、罵り合ったり、軽蔑したりされたり、でも、何となく、音楽の場が家庭みたいな時もある。
「あなたの音楽は、あなたの姿勢は、あなたの努力は素晴らしい」
とひとこと言えば、温かい気持ちが通じ合う。
そのために、私は、人を誉める練習をしたいと思っている。
もっと上手に、頑張ろうという気持ちになって貰えるような、素敵な誉め方を練習しようと思っている。

分からないことがあると、専門家に訊きに行く。
ただでは教えて貰えないから、お月謝を払う。
決して安くないものが多い。
この世に生を受けてからこれまで、日舞、ヴァイオリン、ピアノ、マリンバ、英語、ボーカル、ボイトレ、臨床心理学、執筆法などにお月謝を支払ってきた。
しかし、自分が生徒さんたちに教えて頂くお月謝と比較すると、投資は微々たる額。
2%くらいかも知れない。

何を習いたいか、とか知りたいか、について、異常に勘が働く。
ここを分かればブレイクスルーするね、と予感する。
そう思って習ってみると、なるほど、専門家はすごい、と納得し、目から鱗が落ち、また張り切って創作に臨める。
そこに至るまでのおタク的な突き詰め方は、私ならではだと思うけれど。

自分がそうだから、ボーカリストは体系立った学びをしたいのではないか、と勝手に思ってワークショップを始めた。
それは、役に立っている感じもするが、もっとしっかりポイントを詰めてやりたいと考えて、講座を目論んでいる。
だが、果たしてやりたい人はいるのだろうか。
需要はあるのだろうか。
色々なことなんか分からなくても、歌えているから良いという人がほとんどかも知れない。

けれど、何を探求すれば進化するとか、どう勉強すれば理解できるとか、滞りを抜ける道が分かった方が良いのではないか、ねえ皆様、と考えている。

ボーカルというジャンルについて、色々習いたい人は、果たして存在しているのか、という疑問。
楽器と違って、歌は勘が良ければ、するする歌えたりするのでね。

どうしようかな...。

当事者たること

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どんなことでも、真剣に取り組むとその奥行きが見えてくる。
歌うことも書くことも、当事者としてそれをする立場になれば、いきなり沢山のことに気づくようになる。
仕事もしかり。経営者は、特異な視点で仕事を捉えている。

気がつくと、いつも当事者である。
外野からヤジを飛ばすのが嫌いなんである。
ヤジを飛ばされる側になりたいのである。
そして、もし、自分がヤジを飛ばす側に立つとすれば、ヤジではなく、ちゃんとした批評にしたいのである。

真剣に始めると、見える。
面白いが、苦しいし、忙しい。
それでも、見える位置に立つ方が好ましい。
私は、そういう人である。

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